田沼は、日奈が眠り続けてから、寝付けなかった夜、ふと枕元に置いてあったまだ読んでいなかった文庫本のページを開いた。
<夜、熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している>と綴られていた。
呪いの言葉に近かった。
眠れない彼らがしているのは何なのか。夜の輪郭をそこに現わしているのだと。日奈が深すぎる眠りについてから、田沼もインソムニアになってしまった。
元コモリのインソムニアなんてごまんといるだろうけど。
ある日、田沼はふたたびコモリに舞い戻るのかと思って、鬱々とした日々を送っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると見知らぬ人々がそこにいた。
東雲さんと只見さんと花田さんと、アウル・シロタだった。
「ごめんなさい。押しかけてしまって」シロタは清潔感のある笑顔で話し始めた。
お茶の在処が解らずに季節外れの麦茶でもてなしていると、彼らが田沼にお礼を言った。
「脱不眠症の女神なんですよ、日奈さんは。そこらへんのサプリよりも断然!」
どうしてもお礼がしたくてということらしい。夢の中で日奈がしきりに言っていたのが、田沼さんのことです、と。
田沼は、さびしいのかむなしいのかよくわからない表情で話を聞く。ここに日奈はいるのに、いないも同然でくるいそうになっていた。くるいそうになっているのに、なぜか俺の眼の前に俺以外の知らない人、もしかしたら知人になれるかもしれない人がいることに静かなよろこびを感じていたのも事実だった。
「ともだちになってあげてください田沼さんのって。夢の中で。お告げのように言うのでこうしてやってきました」
それを話したのは只見さんだったけど、後のふたりもわたしもぼくもそうですと笑顔で、同意した。
「それはそれは」
社交にまだ慣れていない田沼は、うれしい癖にあやふやな返事をしていたがあっと、声をだしそうになった。あの日の寝言をじぶんで思いだしたからだ。日奈のことだからきっと、俺の寝言にまっすぐ返事をしてしまったんだろう。
ふたりであげたドライブスルーの教会の結婚式で、あろうことか、十三神父様は、「あのね、コールアンドレスポンスはとっても大事なんだけど。ぜったい返事をしてはいけない類の問いかけがあったはずなんだけど、なんだったっけ忘れっちった」って、ふたりに告げた。晴れの日だったので、それがなんであろうとも、そんなに大したことはないとコモリのふたりは高を括っていたのだ。
十三神父の忘れていた掟が寝言だったことが、今わかった。