丸く切り取られたガラス窓の向こうの水がたゆたっている。時折、ひかりの屈折を放ちながら。
あっちの水は、甘いのか苦いのかよくわからないけれど、カエルがいた。水がそこで揺れているだけで、涼しさに触れているような気持ちになる。
日奈は、そこに咲いている薔薇に触れた。刺が指に刺さった時、つるんとしたものを撫でた時みたいに、痛みはなかった。日奈は自分が夢の中にいることに気づいた。気づいているのに、ミルフィーユの層のように睡魔が襲ってくる。
仕方なくて、日奈は、はじまりの日を思いだそうとしていた。
ずっとこもりっぱなしのコモリのふたりだったから、誓ったのだ。あの日けばけばしいドライブスルー教会で、田沼さんと十三神父様に誓った。ふたりだけのルールみたいなものは、ひとつだけ。どちらかが何かを聞いた時は、ちゃんと答えようねって。
だって、ふたりが出会うまで、ひとりとひとりだったわけで。一日誰とも会話もせずに独り言だけが満ちてゆく日々は、もうたっぷりと堪能したから。
ふたりになったら、ちゃんと問いかけには答えたかった。じぶんが何かを言えば、返事をしてくれるなんて状況どれぐらいぶりだろうかと、日奈は浮足だっていた。
なんら難しいことではない。世の中、コールアンドレスポンスさえ守っていれば、なんとかなるらしいよと聞かされていたから、信じていた。
ふたりの掟は、かなり夫婦関係を潤滑にさせていた。だから、日奈は、結構ふたりはうまくいっていると信じていたのだ。ちゃんとコモリを脱してから、スーパーに行くと若い夫婦らしき人達が、コールアンドコールだったので、びっくりした。みんなちゃんと、十三神父様に誓わなかったのねって。
ある日のこと。
いまの、歌ってなんだったっけ?
日奈が聞いた。
うた? うたって何?
田沼さんは問い返した。
ちゃんとじゃなくって、鼻歌みたいなの歌ってたでしょ。ら、ららららららららんって。
日奈がいい加減に歌ったのに、田沼さんはプロフェッショナル仕事の? って答えた後に、鼻歌なんて、ぜったい歌わんって。プログレスとかの鼻歌ありえんって、もそもそと、なにか口のなかで言っていた。
その後、ちょっと照れてみたいに田沼さんは咳払いしてすっごい静かになった。
この凪はなに? っていうぐらいのしじま。