小説

『白い影』和織(『影のない犯人』)

「いやいや、それはさ、たまたまだって。完全なる不可抗力だ。まさかこうなるとは思ってなかった」
「でも、花子さんが家の物を勝手に売っていたことだって、黙認してたんでしょう?」
 花子というのは、二人の父の元妻だった女のことだが、再婚相手なので、二人の実の母親ではない。兄の方とは、二つしか歳の違わない、若い妻だった。彼女は、一年ほど前から不倫をしていた相手と、既に一緒に暮らしている。それが、兄の友人の竹山という男なのだった。
「それは、まぁ、小遣い稼ぎかなって、許していた部分はあるよ。でも四十も年の離れた男と結婚してさ、まぁそれなりに、うまくやってくれてたじゃないか。それに俺が不倫に気づいていたせいで、彼女は遺産を諦めて大人しく去って行っただろう?」
「花子さん、売った物で数千万は手にしている筈よ」
「それだって、遺産を相続することに比べたら、小銭みたいなもんじゃないか。退職金としてはいい金額だろう」
「やけに肩を持つってことは、やっぱり後ろめたいの?」
「はい?」
「彼女にいなくなってもらって、自分の相続分を増やしたかったってことね」
「そんなんじゃないよ本当に。だってあの竹山だぞ?まさか花子さんみたいな美人とくっつくなんてさ、思わないよ。あいつ、昔から地味だっただろう?」
「さぁ、そうだったかな」
「「あんな人といたらモテないわよ」って、学生の頃お前に嫌味言われたぞ」
「覚えてないよ、そんな昔のこと」
「ズバズバ物を言うのは全然変わらないよな。むしろ拍車がかかってる。子供の頃からあんまり可愛げのない子だったよな。はっきりしてるのは、きっと母さんに似たんだ」
 兄は、どんどん饒舌になっていった。彼はしばらく、たわいもない話を続けた。昔家族で旅行へ行った話や、実の母親が出て行ったときのことなど、妹にとってはもうどうでもよくなってしまった話ばかりだった。彼女はただ、あきれ顔でときどき相槌を打ってやった。無駄に時間を過ごしていることを、せめておいしい料理で埋めようと努めた。
「母さんと父さんは不仲だった訳じゃないんだよな。だって、喧嘩したところなんて見たことなかっただろう?」
「だから何?子供には見せないようにしてただけじゃないの?」
「まぁそうかもしれないけど、離婚する以外に、母さんを解放してやる術がなかったってことなんじゃないかと思うんだ」
 妹には、兄が何を言おうとしているのか、全く分からなかった。何か言ったほうがいいのかと、そう考えているうちに、兄の方がまた口を開く。

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