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山頂での戦いは熾烈を極めた。桃香の軍は作戦通り三方に分かれて攻める。まずは沙理の率いる部隊が正面からの囮となる。派手な衣装と演出。まるで華やかな踊りの舞台ような動きで敵の注意を引き付ける。最初桃香がこの作戦を聞いた時は子供だましで実戦ではとても通用しないように思われた。しかし、そこは人の心を捉えることを得意とする沙理の演出である。桃香の想像を遥かに超えたクオリティのものが出来上がった。その集団から次々と繰り出される絢爛豪華な動きの数々に、相手は思わずその歩みを止め、見入ってしまう。老若男女、沙理の部隊には一般的には戦場で戦力にならないであろう年齢のものも多く含まれている。だが、だからこそ、この狂乱の中にあっては、彼ら彼女らこそが力を発揮する。老人から子供まで、入り乱れて踊る。混沌、熱狂、歓喜、そして、狂気。武力の行使だけが戦いではない、沙理はそう言っていた。
そうやって敵の注意を正面に引き付けているその隙に佑真と才太郎の部隊が左右に回る。両側から身を隠しながら密かに近づく。木や岩の影に隠れながら、徐々に敵の陣の周囲を取り囲む。そして合図とともにまず、佑真の部隊が一斉に敵に向かって飛び掛かる。虚をつかれた敵の群は、あわてて体制を整えて佑真の部隊を迎え撃つ。佑真が心骨を砕き、鍛えぬいてきた精鋭達である。強靭な肉体で、敵の攻撃を受け止める。沙理の頑なな信念に負けて、佑真も先制攻撃はしないという方針をとっていた。だからとにかくどんな攻撃もまずは受け止めなくてはならない。
佑真の部隊が攻撃を耐え抜いているその間に、その裏側に広がる生い茂った木の上を、才太郎の部隊が軽やかに駆けていく。そして桃香もその中にいる。この作戦を実行するため、ここ何か月も桃香は才太郎について、その動きを学んでいた。
「腹の肉が邪魔です」
才太郎からそんな屈辱的な言葉を掛けられながら、何とか今回の作戦を実行できるだけの術を身に着けた。
「さあ、こっち」
才太郎は彼の部隊がその場で障害物を切り開いて作り出す一本の透明な回廊をひたすら駆け抜けて進んでいく。桃香もその後ろを後れをとらないように必死についていく。才太郎の部隊は、一人また一人と道を切り開くための手足となってその群から脱落し、気が付けば才太郎とそれを追う桃香だけが、その見えない道の中を猛スピードで駆けていた。体が自然と動く。もはや桃香は体の重さを感じていない。何も考える必要はない。進むべき方向も体が本能でわかっている。DNAに組み込まれている記憶。五感が研ぎ澄まされる。
「オーケー、桃香、完璧!」
そう言って才太郎は、最後の力を使って自ら足元の屋根に素早く穴を開け、その道を桃香に譲る。
「ここです」
「ありがとう」
才太郎に桃香の言葉が届いた時には、すでにそこに桃香の姿はなかった。