小説

『ダビ』ノリ・ケンゾウ(『地球図』太宰治)

 その後、ダビが生まれ、スペインでの新しい生活が始まる。フミはすくすくと育つダビに愛情を注ぎ、我が子の成長を見守るのが楽しかった。若くしてサッカーで才能を開花し、プロになったダビを誇らしく思うと同時に、ふとした瞬間に母親と父親の顔が思い浮かんだ。ダビが幼少の頃、彼の寝顔を見ながら、こんなに可愛いダビド、こんなに可愛いダビドのように私も可愛かった時期があったのだろうか。ダビドを見る私の目、それと同じような目で、私のことを愛でてくれたことが母親にもきっとあっただろう、と心残りに思い、その思いは年々増していった。実はダビを生んで何年も経たないうちに、フミは子供の面倒を全く見ないダビドの父親といくつもの口論を重ねた末に破局していた。ダビの父親は、親権を争おうという意思もまったく見せなかった。ダビがプロサッカー選手になって話題を集めた頃に、何度か連絡があったが、忌々しくて面会を拒絶していた。ダビに悪い影響が起きることを恐れたのである。両親とも絶縁し、夫とも離縁した。ダビにとっての親族は、母親である私しかいないのか、とフミは暗澹たる思いを抱えることもあった。
 しかしある時、フミの元に日本から電報が届く。母親の容態がかなり悪い状態にある、と父からの知らせだった。フミは迷ったが、ママのママとパパが日本にいるの、パパに会いに行くから、お前はサッカーがあるから来なくてもいいけれど、どうする? と訊くとダビは自分も日本に行くと言った。たった二人だけの家族、離れて暮らすのがダビは嫌だった。

 こうしてダビ、ことダビド・バチスタ・シロオは、日本に来日した。そして本校に一時在籍することとなった。ダビが本校にやってくると、職員たちは歓迎した。スペインのプロサッカー選手が学校にくるのだ。とくにサッカー部の顧問であった芥川は、大いに喜んで、ダビにサッカー部に入ってくれないかとたどたどしいスペイン語で話した。ダビはサッカー部というのがなんなのか分かっていなかったが、サッカーができるならよいと思ってグラウンドに行った。
「ぼくは白尾ダビド。みんな言うは、ダビ」
 開口一番、ダビは部員に自己紹介をした。これを受けて顧問の芥川が皆に、
「えー、今日からダビが僕たちの仲間になります。言葉はなかなか通じない部分はあると思うけど、ダビはもうプロの選手だから、プレーを見て勉強するように」
 紹介されたダビに対して、オサムが抱いた第一印象は、細くて、体も大きくないし、なんだかぼんやりした感じに見えた。当時はプロサッカーというものが日本になかったし、プロと言われてもイメージが湧かなかったので、キャプテンのオサム含め、部員全員がダビの実力に対して懐疑的だった。プロといっても、県内の有名選手であるカワバタ君や、ナカハラ君より上手くはないだろう、と安易に想像していた。
 ダビが入部して初めての練習、アップ、基礎練習、シュート練習、と順番に終え、実戦形式のミニゲームになった。ダビはオフェンス側のチームに、オサムはディフェンス側のチームになった。
 顧問の芥川からオフェンスのチームにパスが渡り、ゲームがスタートする。オサムはダビのマークに付いた。ダビは動き回るでもなく、ふらふらと歩いており、気の抜けた印象を受ける。

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