小説

『ダビ』ノリ・ケンゾウ(『地球図』太宰治)

 トロフィーを片付けていると、オサムが生まれる前や、幼少の頃の年代のものが出てくる。オサムは改めて本校の歴史に感嘆せずにはいられなかった。そんな中、あるトロフィーを手に取ったオサムの動きが何秒間か止まった。
「うちって、サッカー強かったんだっけ」
 トロフィーには、全国高校サッカー選手権大会で準優勝と書いてあった。しかしオサムの覚えている限りでは、本校のサッカー部が目立った活躍をしたことはなかった。弱小とまでは言わないだろうが、他の部活動が全国大会常連で、日本一になったこともあるような中にあっては、本校を思い浮かべるうえでサッカー部を想起する人はいないと思われた。とはいえサッカー部の生徒は例年学業の方で秀でた成績を残してくれるものが多く、それはそれで本校としては評価している部活だった。しかしそのサッカー部が、準優勝とは。オサムは信じられなそうに首を傾げ、気になって調べてみることにした。別に校長の仕事が暇だからこんなことをするのではない。自身の務める学校の歴史を知ることも、校長の仕事のうちなのである。
 当時の資料を漁っていくと、ある一人の選手の名前に辿りついた。白尾ダビド、という選手であった。当時のメンバー表には、背番号十番で彼の名前が記載されていた。さらに調べていくと、本名をダビド・バチスタ・シロオということが分かった。通称はダビ。オサムは知らないようだが、サッカー好きの人であればもうピンと来る名前かもしれない。
 ダビはスペインのトップチームに在籍し、リーグ戦、カップ戦、または代表戦でも活躍した名選手である。そんな選手がなぜ本校に在籍し、サッカー部に所属していたのか、今ではほとんど記述が残っている資料はなく謎につつまれている。在籍期間はほんの僅かながら、彼のプレーは、当時のサッカー少年、とりわけ本校のサッカー部員たちの脳裏には鮮明に焼き付いていた。さらにオサムがメンバー表をなぞっていると、偶然にもチームのキャプテンの名前が、同じくオサムという名前であることに気づいた。まったくの偶然ではあったが、オサムは当時のキャプテンのオサム君に運命的なものを感じずにはいられない。オサム君の目に、ダビはどのように映っていたのだろうか……

 ダビが本校にやってきたのは、オサムが高校三年生になった年の春である。弱冠十六歳でプロデビューを果たし、当時最年少ゴールを決めるなど、早熟の選手として将来を嘱望されていたダビはスペイン人であったが、実はルーツを日本にも持っていた。母親が日本人だったのである。母親の名前は白尾フミといった。フミは長崎で生まれ、小学校の頃に父親の仕事でスペインに移住し、多感な時期の大半をスペインで生活した。そこでダビの父親と出会い、ダビを身ごもった。しかしながら両親はスペインに元々永住するつもりはなく、そろそろ日本に帰国しようかというタイミングでダビの妊娠が発覚したため、フミの結婚には大反対だった。それでもフミは両親の反対を押し切って、ダビを生みスペインで住むことを選んだ。両親は日本に帰った。こうしてフミは両親とはほとんど絶縁状態になってしまう。

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