小説

『ずおん』ノリ・ケンゾウ(『雀こ』太宰治)

 それで安心したオサムは、元の怠けた勤務態度に戻り、児童たちの様子などあまり気に掛けなくなったのだが、ある日の昼休みに教室に入ってみれば、教室の中がすっからかんになっていてオサムは驚いた。別に昼休みに外に遊びに行ったり他のクラスの教室に遊びに行ったりというのは自由なので児童たちがどこへ遊びに行こうがそれは児童の勝手なのだが、人っ子一人いないというのは今まで何年か勤務している中でもはじめての経験だった。しかしながらその翌日も、その翌々日も、昼休みになると教室の中には誰もいなくなるので、これはおかしいと思って隣のクラスを見に行くと、隣のクラスの方では人がいないわけではなく、どうやらすっからかんになるのはオサムのクラスだけなのらしいということが分かる。しかしじゃあオサムのクラスの児童が隣のクラスなどに紛れているかと探してみてもそこには一人もいなかった。謎は深まるばかりかと思われたが、教室に戻ってベランダから外を眺めてみれば、マロサマを先頭にぞろぞろと校舎の中から出てくる児童たちの姿が見えて、あっさり児童たちを見つけることができた。そのまましばらくクラスの児童たちを眺めていたが、ベランダからでは死角になってしまう、中庭のほうへ行ってしまったようだった。いったいどこへ向かおうというのか、と訝しく思ったが、オサムは先生としては不真面目だったから、ついていってどこかで悪さをしていないか監視したりするわけでもなく、そのままほうっておいた。しかしよくよく考えてみると、何かがおかしい。昼休みのたびに、教室はすっからかんになるわけで、しかもそれがみんなでマロサマについて行儀よく一列か二列に並んで歩いていくのである。一体何をしているのか。オサムは気になって、昼休みになっても職員室には戻らず、教室の中で彼らが列になって出ていくまで待つことにしてみた。給食が終わった後、児童たちは五分だが十分の間は、今まで通り普通に過ごしていたが、マロサマがひょっこり席を立つと、みんながマロサマをみた。ずおんじゃ、ずおん。と何人かが言った。ずおん? 聞き覚えのない言葉に面を食らうが、マロサマが歩き出すと、それに児童たちは付いて教室の外へ並んで歩いていく。異様な光景に見えた。オサムは列になる児童の中からの一人を呼び止めて、そんなにみんなで並んで何をしているのだ、と訊けば、ずおんがあるけえ、と言うだけで、オサムのことなど無視して先を行こうとする。だからその、ずおんとはなんなのだと訊けば、ずおんはずおんじゃろ、先生知らんのけ、とまで言われ、オサムは、そんなもん知らん、と言ったきり、それ以上は問いたださずに、結局またほうっておいたのだった。どうしてそこでずおんが一体何なのか突き止めようとしないのかと思われるかもしれないが、オサムはなんだかもう面倒くさくなっていた。子供の考えていることはよく分からないし、分かろうとも思わない。というわけでオサムは児童たちの不可解な行動にはあまり干渉しないでおこうと決めたのだが、あとになって外的要因のせいでそういうわけにもいかなくなってしまう。

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