小説

『だって、孫が可愛いから』はやくもよいち(『聞き耳頭巾』)

 孫娘はお気に入りの安心ギアを装着したまま、玄関を飛び出していった。お友だちと一緒に公園へ行くらしい。

 美咲は30分もしないうちに、口を尖らせて帰ってきた。公園で遊べなかったそうだ。
「ぜんっぜん、つまらない。クールじゃない」
 孫娘の安心ギアが表示する情報では、家から公園への道筋はすべて「危険」に指定されていたそうだ。児童館へ行こうとしても、安全な経路はすごく遠回りだった。結局、友だちと遊ぶことなく帰ってきたという。
「公園が危険だって?」
「幼稚園のころ、何度も遊んだ公園なのに。どうしてだめなの? 意味わかんない」
「危険レベルの設定でしきい値を低くし過ぎているか、エリア設定のマージンに幅を持たせ過ぎているのかもしれないな」
 美咲が、目を輝かせた。
「おじいちゃん、すごい。もしかして、公園で遊べるようにできるの?」
 孫娘に明けの明星のような瞳で見つめられて、にべもなく断れるだろうか。私は精いっぱいの努力をすると約束した。
調べてみると、安心ギアは本当にクールな代物だった。
 児童が好むデザイン、拡張現実を使った分かりやすいインターフェイス、抜群の操作性が秀逸だ。何より通気性が良くて、蒸れにくい。
 案の定、機能はハード、ソフトの両面で非の打ちどころがなかった。
 ではなぜ、孫娘は公園にたどり着けなかったのか。答えは取り扱う情報、つまり照会するデータの制限にあった。
 安心ギアは警察のデータベースにも接続されている。過去の犯罪発生箇所や子どもを狙った犯罪歴がある者の居住地に、児童が接近するのを避けるためだ。
 だが犯罪者にも人権があり、個人情報は保護される。利用するデータは、個人や住所を特定可能なほど詳細であってはならない、と制限が設けられていた。
 児童立ち入り禁止エリアはおおむね、半径100メートルの円として設定されていた。孫娘が行きたい公園は、禁止エリアに取り囲まれている。
「これじゃ美咲は公園へ行けないな」
「おじいちゃん、お願い。なんとかして」
「そんな顔しなくていい。私がなんとかする」
 私は自室に籠もった。計算すると、都内では7割強の公園が立ち入り禁止エリアに囲まれているということが分かった。児童を守るためのシステムが、子供たちから遊び場を奪っているのだ。
 警察や教育関係者は、それでも犯罪被害を受けるよりましだ、と考えたのだろう。子供たちがどれほど悲しむかだなんて、おそらく考えていないのだ。
 孫娘や子供たちから笑顔を奪うシステムは正しくない。間違っている。是正すべきであった。
 2日後、私は美咲の安心ギアに修正版アプリをインストールした。違法改造だが、孫娘のためなので、仕方ない。
「公園に行けるようにしたぞ。もちろん、安全なルートを通ってだ」
「お友だちもいっしょに遊べる?」

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