小説

『だって、孫が可愛いから』はやくもよいち(『聞き耳頭巾』)

 私の初孫、美咲が小学校に入った。
「おじいちゃん、見てみて。見て」
 孫娘は両足でぴょんぴょん跳ねながら、身体を回してランドセル姿を見せてくれた。
「それに帽子をかぶるのかい」
 美咲は、はたと手を打ち、「待っててー」と言い残して部屋を出た。きっと見せびらかしたいものがあるのだ。
「てへへ、お待たせです」
 戻ってきた孫娘の頭には、自転車用と形状の似たヘルメットがのっていた。
「ほほう、今日日(きょうび)はヘルメット通学か。かっこいいじゃないか」
「イッツ・ソー・クール! でしょ」
 今は一年生から英語の授業があるらしい。
「ただのヘルメットじゃないよ。高性能な『安心ギア』なんだから」
 美咲は、「ジャーン」と言いながら、スポーツ・サングラスのような、幅のある板状レンズのゴーグルを取り出した。
「これを掛けると、『キケン』が分かるの」
「特殊なゴーグルなのかい? おじいちゃんに詳しく教えてくれるかな」
 ああでもないこうでもないと一所懸命に説明してくれたが、さすがに六歳児ではうまく説明ができない。ゴーグルに何らかの情報が表示されるシステム、ということだけは分かった。
「ちょっとママ、ここへ来て。おじいちゃんにでも分かるように説明してさしあげて」
 娘の麗美が子供だったころの言い回しにそっくりで、不覚にも目の下が熱くなった。
 麗美は「安心ギア」の手引書を見ながら、あらましを説明してくれた。
「AR、つまり拡張現実を使って、装着者に情報を提供するシステムなの。レンズ越しに見た現実に、文字とか標識とかの情報を上書きするのよ。たとえば交差点で、進行方向の歩行者用信号が赤ならば、視界いっぱいに赤いバッテンを出すの。他にも地域安全マップの『危険箇所』に近づくと、注意が表示されて迂回路を矢印で教えてくれるわ」
 この春から全国で一斉に始まった、児童保護の新しい試みであった。
 自治体や学校、警察、消防の情報システムと安心ギアが繋がっていて、児童の置かれている状況に合わせた情報が、ゴーグル上にARとして表示される仕組みだ。
「災害時には避難場所まで誘導してくれるし、保護者や警察、消防とビデオ通話をすることも可能なの。これを使っていればとにかく安全、安心ということね」
「どんなシステムでも、過信は危ないぞ」
「そうだけど。画期的な試みだわ」
 美咲がランドセルを置いて戻ってきた。
「ママの言うとおり。ソー・クール!」

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