小説

『だって、孫が可愛いから』はやくもよいち(『聞き耳頭巾』)

 美咲はショックで呆然としていた。私は怒りとともに、安心ギアの改善を始めた。
 2か月掛かりで完成したのは、過去に無謀運転をした者や高齢ドライバーが所有している車が近付くと警報が鳴り、該当車を赤くハイライトする機能だ。
 免許センターや警察、自動車販売業者などが管理するデータベースへのアクセスが必要だったが、なんとか成し遂げた。よく出来た機能だったので、今回は求められる前に一斉配信した。

 美咲が四年生になると、性犯罪被害を受ける危険性を考慮しなければならなくなった。
「おじいちゃん、もう大丈夫だから。無理しないで」
 孫娘は私をいたわってくれるが、放ってはおけない。私は研究を重ね、性犯罪者やDV加害者に埋め込まれたICチップを読み取って、犯罪者に目印をつける機能を開発した。
 もはや犯罪者のプライバシーなんて関係ない。美咲を守るためだ。
 この改良は孫娘の安心ギアにしか実施しないつもりだったが、私の与り知らぬところで劣悪な海賊版が出回り、混乱が生じた。最終的に一般公開せざるを得なくなった。
 この頃からだろうか。何度改修をしても、私は安心することが出来なくなった。もっと根本的な解決方法はないだろうか。私は安心ギアの改良に没頭した。

 美咲が六年生の夏休み、ついに完璧といえる追加機能が完成した。私は孫娘をテレビの前に座らせ、試運転を実施した。
「なにこれ、マジか。やばい、やばい」
 美咲が見ているのは国会中継だ。AR拡張現実で漫画の吹き出しのように、人物の横に過去の犯罪歴や検挙歴、ゴシップ記事などの情報が表示されているはずだ。顔認証システムと、最新機能追加で実現可能としたものだ。
「うわっ、この大臣とか、やばっ」
 安心ギアの追加機能が対象とするのは、国会議員や有名人だけではない。この国にいる全ての悪人から、偽りの仮面を取り払ってしまうのだ。
 これでもう美咲が、肩書きや外見で騙されるようなことはなくなった。一生使える、私からの究極の贈り物といえるだろう。
「おじいちゃん、これはクールだ……」
 ふり向いたとたん、美咲は凍りついた。ゴーグル越しの眉がひそめられていく。孫娘は無言で安心ギアを外し、被ってみろとすすめてきた。
 私は手渡されたヘルメットを被り、ゴーグルを装着して、テレビを見た。大丈夫、ちゃんと機能している。孫娘を見る――何も情報が表示されない――動作は正常だ。
 美咲の差し出した手鏡を受け取る。瞬間、私は凍りついた。鏡に映り込んだ私の横に、ところ狭しと吹き出しが表示されているのだ。
「不法アクセス、建造物への不法侵入、器物損壊、違法改造、窃盗、公務執行妨害、不開示文書の開示、個人情報の漏洩、プライバシーの侵害、名誉毀損……」

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