小説

『桃太郎をやるにあたって』真銅ひろし(『桃太郎』)

「特に一人一役でなくても、一緒に出て同じ台詞を同時に話せばすみませんか?幼稚園側がそれで良ければですけど。」
 突然の提案になんて返していいか分からず、保護者の反応を見る。
 一様に黙ってはいるが頷いている人がたくさんいる。
 素晴らしい案だ。これに乗らない手はない。
「僕もそれは良い案だと思います。皆さんの方でもそれでいかがでしょうか?園児には挙手ではなく筆記でやりたい役を書いて貰います。それだったら言いそびれてしまうなんて事はなくなるんじゃないかと思います。」
 みんな黙って頷いく。波岡を見るとむすっとした顔でよそ見をしている。波岡に賛同した保護者たちもなにも言わない。
「波岡さん、どうでしょう?」
「・・・一人一役で毎年やられているみたいですけど、それで園長先生は了解なさるんですか?」
 振り絞ったように言い返してくる。
「この事は任せると言われているので大丈夫です。」
「・・・。」
 気に食わないと言った顔で波岡は言葉を引っ込めた。
「それではもう一度園児に希望を聞きたいと思います。ご意見ありがとうございます。また、何かあればご連絡頂ければと思います。」
 殆どの保護者が頷く。
「本日はご足労頂きありがとうございます。」
 終わってみればなんて事はない、直ぐに話し合いは終わってしまった。保護者はそれぞれ教室から出ていく。波岡も何も言わずに出ていった。
 良かった。
 今回突然の事で慌ててしまったが、こんな感じでクレームというものが入るのかと勉強になった。

 数日後。
「・・・。」
 電話口の声はいやに丁寧だ。
「桃太郎の物語はあまりに一方的に正義を振りかざし暴力で終ってしまいませんか?勝手に鬼の陣地に入ってきて鬼退治と言うのはあまりに乱暴ですしあまりにかわいそうです。きちんとお互いが話し合うという場面を作らないと教育上良くないのではないでしょうか?それに、お供が犬、サル、きじでは少々心許ないと思いませんか?話し合いをするにしても、きちんとそれなりの『準備』をしておかなければいけませんし、これも教育上教えなくてはいけない事だと感じるのですが。」 
 詰め込めるだけ詰め込んでクレームを放り込んできた。例によってまた波岡から。
 これはほとんど嫌がらせだ。
「他の家の子もそうですが、うちの子も納得していないみたいです。是非台本の書き換えをお願い致します。」
「・・・。」
 子供を出せば何でもいいと思っている。
「あの、大変申し訳ないのですが、他の子供と言うのはどなたでしょうか?」
 言われるがままでは癪に障ったのでこちらから聞き返した。
「片岡さんと足立さんと佐々木さんのお宅から聞いております。」

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