小説

『一寸法師、見参』柿ノ木コジロー(『一寸法師』)

 気がした。

 
ぺろぺろぺろぺろぺろ

 ざらついた、温かい小さなものを頬に感じる。
 彼は、ゆっくりと目を開いた。

「気がついたぞ!」

 目を開くと、そこにはいくつもの見知らぬ顔があった。
 どれもこれも、心配そうに彼を見おろしている。
 そして、彼のすぐ脇に寄り添うようにいたのは
「……ミーニャン」
 出て行ったはずの猫だった。すっかり濡れそぼった姿で、しかし彼の顔にうれしげに頬ずりして、「みゃお、みゃお」とけんめいに鳴いている。

 救急車の音が遠くから響いてくる。
 サイレンは近づいてきて止まり、エンジン音だけが響いてから、数人のオレンジ色の服をまとった人たちが駆けつけてきた。

「あの」
 髪まで濡れて貼りついたようになった女子高生が、恥ずかしげに目線を外しながら、彼の手をとった。
「何だかよく分かんないんですケド……ありがと、ございました」
「とんだ一寸法師でしたね」
 つい、山辺はそう言って笑う。
 きゃあ、顔を両手で覆う女子高生の悲鳴とともに、はっ、と気づいたように、救急隊員の一人が彼の股間に、バスタオルを放り投げた。

 後に恐怖のアクアツアー、とブルーマウンテンヒルズ界隈で噂された事件の、顛末であった。

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