「は?」
「いや引くなし。お前がそういう話振ったんじゃん」
「来世で何やりたいってこと?」
「うん」
宮地はうーんと考え出した。真剣だ。そんなに悩むことでもないと思うけど。俺だったらどうするだろう。
「好きな人と手を繋ぎたい」
悩んだ挙句、宮地が口にしたのはなんてことない願望だった。
「いやそれすぐできるじゃん」
「できないよ」
「はぁ? 何言ってんのその顔で。お前からぐいぐい行けばイチコロだから」
「無理なんだって」
今まで宮地に彼女がいなかったのはその自信のなさだったのだろうか。俺だったらやりたい放題だ。四、五人はお相手願いたい。結局のところ俺の脳みそはそんな単純を求めていて、セックスの快感こそが至上の恋なのだと訴えている。
カウンターを眺めると川瀬さんのポニーテールが揺れている。笑っているようだ。相手は誰だ。彼女を笑わせるのは俺でありたい。テーブルの上で拳をつくる。ギリギリと奥歯を噛みしめて力を入れた。彼女がこちらを振り向く。嬉しいはずの動作は宮地の手によって阻まれた。俺の拳を、そっと包む宮地の手によって。
「何、何……?」
「ほらね」
「何が?」
びっくりして手を引っ込める。宮地は俯いてしまった。ドクドクと心臓が耳元で鳴っているような気がしたけれど、気のせいだ。
「繋げないでしょ、手」
宮地は立ち上がった。
「え、帰んの?」
「うん。明日早いから」
俺は宮地の言葉の意味を理解できなかった。深く追求するのも躊躇われた。太宰治みたいに難解なやつだ。俺は考えるのを放棄したかった。
「来世でくらいは手を繋ぎたいなぁ」
帰り際の宮地の呟きにも俺は反応できなかった。俺はカランと音を立てた扉を見送ったあと、まだ感触が残っている拳に目をやった。
「おつかれさまです」
「あれ、どうしたんですか?」
目を丸くして俺を見る川瀬さんはとても可愛かった。彼女の仕事が終わる時間を見計らって、店の裏口で待ち伏せしていたのだ。彼女は不思議そうに俺を見ていたけれど、ほんのりと頬を染めて期待をしていてくれたんじゃないかと思う。
「あの、俺、もっとあなたと、仲よくなりたくて」
俺の言葉に川瀬さんは戸惑ったそぶりを見せたあと、はにかんだ。可愛い。やっぱり女の子っていいなぁ、と思う。
「じゃあ、お茶とか、どうですか。もう遅いけど。お店やってるかな」
スマホに視線を落としながら歩き出した彼女の背中は、とても小さかった。ポニーテールだった髪は今は下ろされていて、まっすぐだ。隠されたうなじが見たい。俺は彼女のあとを追ってその手を掴んだ。
「あの……?」
やってしまった。俺は川瀬さんを後ろから抱きしめた。店員と客ってだけの、まともに会話をしたことがない間柄だってのに。いきなり抱きついて、彼女は逃げてしまうかもしれない。警察呼ばれたらどうしよう。だけど俺の衝動はとまらない。俺は川瀬さんを抱きしめたかった。はじめての恋を、抱きしめてみたかった。ああ、死んでもいいかも。そう思うのは女の子を抱きしめたとき。太宰治は、寂しさから逃れられたのだろうか。
「俺と一緒に、死んでくれませんか」