小説

『メリー、メリー、ラウンド』井上豊萌(『わらしべ長者』)

 心に穴は開いたけど、なんだか風通しが良くなった気もする。確かに清々しい気分がしないこともない。残ったかすみ草を眺めてみる。結局、花はまた花に戻っただけだ。けれど、少なくとも和樹は前に進んでいけるだろう。
「人間は、誰かを幸せにするために生きているんだと君がいったんだ」
 鹿男は肩をすくめて、おどけてみせた。ふっと鼻で笑うと、沙織は花束を鹿男に見せた。
「これ、戻ってきたわよ」
 そっとかすみ草をなでた。爽やかな香りが立ち昇る。
「めぐりめぐっての花というわけだね」
 花たちはまるで喜んでいるみたいに、ふるふる揺れていた。

 縁側に差し込む太陽のような女の子は、白髪の混じった落ち着きある女性となり、幸せな人生を送っていた。
 鹿男は彼女が暮らす家の縁側に腰かけ、庭を眺めていた。秋風がくるくる大気を揺らし、落ち葉が渦になり舞っている。彼女の娘がスーパーの袋を手に帰ってきた。
「葡萄買ってきたよ」
「まあ、ありがとう」
 彼は振り返ると、母娘の会話に耳を傾けた。
「開け放してると風邪ひくよ」
 娘がちゃぶ台の上に葡萄を置いた。鹿男はするりと部屋に入ると手を伸ばし、葡萄を一粒つまんで口に入れた。ぱらりと房から葡萄の粒がこぼれ落ちた。
「やだ、勝手に落ちた」
「タマシイが遊んでるのよ」
「またそれ?」
 ふふ、と母親は立ち上がると縁側のガラス扉を閉めた。鹿男は母娘が映ったその扉を通り抜け、人間に幸せの種を手渡すために、街へと出かけていった。

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