小説

『二十二時、八王子駅にて神を待つ』山本マサ(『マッチ売りの少女』)

『今日はクリスマスですね』
 あたしが送信すると、すぐに返信が返ってきた。
『部屋にクリスマスツリーとかないです。ごめんね笑。コンビニで、ケーキ買いましょう。そろそろ八王子駅着きます』
 嗚呼、ケーキ。すっかり忘れていた。チキンとイチゴのショートケーキがあれば、お母さんが死んでからのクリスマスの中では一番上等なクリスマスになる。今夜から朝にかけて、暖かくておいしい、気持ちの良い時間になりそうだ。心臓に、灯がともる。身体が期待で火照る。
『北口改札、出ました。星がきれいですね』
 明るくなった画面に表示された文章に、あたしは夜空へと顔を持ち上げる。
 クリスマスの夜にぴったりの、きらきらと光る星。空気が澄んでいるからか、それとも神様に出会えた安堵と嬉しさからか、一段と綺麗に見える。
お母さんが死んじゃってからは連絡を取ることが難しくなった優しいお祖母ちゃんが、あたしの小さいころにしてくれた話を思い出す。
 ――鈴ちゃん、死んでしまった人は、お星さまになるのよ。神様が連れて行ってくれるのよ。お母さんは、空から鈴ちゃんのことを見守ってくれているのよ。
 お祖母ちゃんはそう言ってあたしを慰めてくれた。小さなころのあたしはそれを信じていた。お母さんはあたしを見てくれている。父親が仕事で失敗した八つ当たりにあたしを蹴ったり、理不尽に怒鳴ったり、夕食にカップラーメンとお湯だけが並んだテーブルを前に、椅子に座り、泣きながら伸びた麺を啜るあたしを見守ってくれている。そう信じながら、小学六年生までは生きていた。
 今はもちろん信じていない。でも本当にそうだったら、お母さんはあたしが中学生になってからビジネスを始めて、制服で男の人と夜までお散歩したり、ネカフェのファミリールームで添い寝をしたり、奥さんとの生活臭がする男の人の家でソファに座って彼に耳かきをしてあげたり、痛くないセックスを覚えた高校生になってからは、ナマはダメと笑いながらほぼ毎晩違う男の人とセックスしているのを見ていることになるから、それは流石に恥ずかしいなぁと思う。
 ――鈴ちゃん。つらいと思うけど、まだ神様は鈴ちゃんをお空へは連れて行きたくないって言っているわ。だからね、お父さんと一緒に、頑張ってね。
「ねー、おばーちゃん。知ってた?」
 あたしは白い息を吐き出しながら、八王子駅からずっと遠い場所にいるお祖母ちゃんに言う。
 手を繋ぎながら歩くカップル、女子会を終え、彼氏がいないことを嘆きながら解散するOLのグループ、二次会の会場を探す大学生、聞こえてくるクリスマスソング、ケーキ半額ですと大声で叫びはじめるケーキ屋のアルバイターの声。クリスマスの夜の喧騒が、あたしの声をかき消していく。
「リンちゃん?」
 知らない男の人の声が、あたしの名前を呼ぶ。あたしは、iPhoneを右手に持ちながらTwitterのアイコンとあたしの顔を見比べる神様を見て微笑んだ。
「神様が連れてってくれるのは、お空だけじゃないんだよ」

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