小説

『二十二時、八王子駅にて神を待つ』山本マサ(『マッチ売りの少女』)

 JKビジネスだってパパ活だって神待ちだって、全員が全員、深刻な悩みを持っているわけではない。ライブに行きたいけれどお金が足りないからとか、親や兄弟に悩みを相談するよりもSNSで出会った人たちのほうが親身になって話を聞いてくれるからとか、神様が自分の身体や魅力に誘われて近づいてくる快感で自己顕示欲を満たしたいだけだとか、そういう理由の子のほうが、よっぽど多い。
 あたしだって、ただ家に居づらいから。父親といるのが嫌だから。父親の悪口を誰かに聞いてもらいたいから。そんな軽い気持ちと理由から神待ちをはじめて、神様のありがたさとこの生活が好きになってしまった。
吐き出した息は白くて、神様を見つけた安堵から忘れていた寒さを感じて身震いをした。グレーのコートの上から腕を擦る。手がかじかんで、指先が震えていた。
 するとスマートフォンの画面がパッと明るくなり、通知が鳴る。あたしは明るくなった画面に表示された通知を震える指でタップして、Twitterを開いた。
『寒くない? 部屋、暖めてあるから』
 あたしは暖房のきいた部屋で、アマゾンプライムにある映画を見る自分を想像しながら返信をする。
『寒いです。でも、大丈夫です。待ってます』
 バッテリー残量を確認して、すぐにスマートフォンの画面を消す。
 怒鳴り、喚けば逆らえないと分かってから、自分が一番偉いと思っている父親のいない暖かい部屋。いるのは、悲劇のヒロインみたいな語り口で話すあたしに耳を傾け、見つめ、時折頷いてくれる、お金をくれて、暖かい部屋と寝る場所を提供してくれる神様。
 パソコンの置かれたテーブルには温かい飲み物と、たくさんの食事が並べられていて――、あたしはぐぅーと鳴ったお腹を擦った。最後に口に入れたのは、今日の朝七時頃に食べたコンビニのおにぎり一つ。それ以降はなにも食べていなかった。もしも神が降臨しなかった場合、あたしはネカフェで一夜を過ごさなければならず、それを考えるとお財布との相談の結果、昼はファミレスのドリンクバーだけで一日を凌がなければならなかった。
 お金が底つく不安から失せていた食欲が、安堵からむくむくとわいてくる。コンビニに駆け込んで、夜食を調達しようか、そう考えてから、あたしはスマートフォンの画面を明るくした。
『お腹が空いてます……。あったかいものが食べたいです』
『帰りにどっかで食べてく? コンビニで買って帰るでもいいよ』
『帰り、コンビニ寄りたいです』
『了解です』
 返信を見た後、名残惜しそうにゆっくりとスマートフォンの画面が暗くなっていくのをあたしは見つめながら、なにを食べようかと考えて空腹を紛らわす。神のおわす場所にさえついてしまえば、いくらでも食べられるのだ。あと少しの我慢。
 コンビニでなにをカゴに入れるかあたしは考える。
 冷凍ピザ、肉まん、おにぎり、ラスク、ポテチ、フライドポテト、飲み物も欲しい。そうだ、今日はクリスマスなのだからチキンもおねだりしよう。ホットスナックのチキンの中で、一番高いやつ。
 それと、コンドーム。
 二十二時を回っても、クリスマスの夜だからか、マルベリーブリッジを通る人は途絶えない。みんなが笑って、はしゃいで、今を楽しんでいる。それを見ていたら無性に寂しくなって、あたしはスマートフォンの画面を明るくし、Twitterを開く。一人で待つのが耐えきれなかった。バッテリーは減って二十五パーセントになっていたけれど、神様と話していたかった。神様のおわす場所に着いたら、充電させてもらおう。神様もiPhoneだろうか。そうでなければ、コンビニで充電器も買わなければならない。

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