「帰らないと!」
ナツメが言うと、秋村は曲を止めた。ナツメと彼が向き合う。「ナツメ、言うなら今しかない!」ボクは心の中で叫んだ。嫉妬でどうにかなりそうになりながらも、心の底からナツメを応援した。彼女はしばらくもじもじしたあと、
「ありがとうございました、神!」
そう言った。秋村は笑って、
「こちらこそ、ありがとう、神!」
と返した。そして、
「カレシが待ってるよ」
と、ボクを指さした。カレシ? ナツメがボクを見た。違う、ボクは。彼女がゆっくりとこちらへ歩いてきた。オーディエンスが道を開け、ナツメがゆっくりとボクの方へとむかって来る。螺旋階段をのぼってボクのすぐ目の前まで。
「ナツメ」
彼女は見慣れたメガネの地味女子だった。ダイヤモンドの瞳を隠した神。
「ごめん」
ボクは謝った。王子が来た夜に魔法をかけてあげられなかったこと。これじゃあ、魔女失格だ。
「家まで、送ってくれますか?」
彼女は穏やかにそう言った。ボクを責める様子もなく。
「もちろん」
ボクは答えた。
ボクの家はここから15分ほど自転車で走ったところ。彼女の家は三つ先の駅だ。自転車だと少しかかる。彼女は秋村に会釈をするとボクの手を引いてゲーセンをあとにした。告白なんてしなかった。なぜか、ボクのことをカレシだといった秋村に、それを訂正することもなかった。
背中に彼女のぬくもりを感じる。ほてった顔に感じる風がひんやりとして心地いい。ボクらを乗せた自転車はひと気のない川沿いを走った。
「ずっと、好きって、言えなかった」
彼女が言った。わかるよ、カンタンに自分の気持ちが言えるくらいなら、ボクらはぼっちになんかならなかった。
「だから、言うね!」
彼女がボクにしがみつく手に力をこめた。
「あたしは……、あたしは!」
彼女がありったけの声で叫んだ。
「黒木くんが好きーっ! つきあってくださーいっ!」
ボクは急ブレーキで自転車を止めた。そうしなければ二人して転んでいた。
「えぇっ?」
黒木? それって。ボクだ!
「今夜、神と踊ってわかったの。あたしは、恋に恋してたんだって。神に憧れていた。でも、恋じゃなかった。あたしが好きなのは、これからも一緒にいたいのは、黒木くん、テトリスのどヘタなキミですっ!」
ボクはやっとで声が出た。
「ナツメ……!」