彼女は驚いたようにボクを見た。あ。ボクは彼女のまつげの長さにはじめて気がついた。キレイなアーモンド形の大きな目をふちどる長いまつげ。黒いダイヤモンドのようなうるんだ瞳にボクがうつっていた。彼女は少し迷って、なにか言いかけたがやめて、もう少し迷って、またなにか言いかけたがまたやめ、それを何回もくり返してたっぷり時間を使うと、ついに口を開いた。
「す、好きな人がいるんです!」
英語の時間をまるごと費やして彼女の言い分を聞き出すと、つまりこういうことだった。彼女はあのゲーセンでバイトしていた大学生のお兄さんに片想いをしている。彼は彼女が知る限り日本一DDRがうまく、新型のゲーム機を導入したときに一度だけ見た彼の試運転プレイがかっこよすぎてハートに銃弾を撃ち込まれたらしい。彼はカリスマ店員でいつも明るく元気。そんなキャラの年上に話しかけることが内向的な彼女にできるわけもなく、彼女はゲーセンに通ってはみるものの悶々とするだけ。ある日、彼を想ってDDRをプレイしてみた。はじめはゲームに翻弄されていた彼女だったが、いつしか操作にも慣れてきて、やがてステップを暗記するまでになり、今となっては神になってしまった。そうこうしている間に彼はバイトを辞めてしまい、結局、一言も話しかけることができないまま。DDRをすると彼の笑顔を想い出して幸せになる。途方に暮れつつも冷めない恋心が彼女を夜な夜な踊らせていた。
彼女の話を聞きながら、ボクは彼を探す手はいくつかあると思った。それを彼女に伝えると、彼女はすでにお試し済みで、特にSNSからの情報をたどりまくって彼がH大学に通う3年生の秋村サトルだというところまで知っていた。H大学の大学祭はゴールデンウイークにある。スマホで検索して彼女に言うと、彼女はそれも知っているという。彼女が抱える問題は、彼がゲーセンのバイトを辞めたことではなく、根本的に、彼女から彼に話しかけられないことなのだ。
女子と一緒にゲーセンに行くなんて、まさか東京でそんな日が来るとは思わなかった。ハタから見ればボクたちは恋人に見えるかもしれない。でも、違う。ボクと彼女は、凡人と神だ。彼女のDDRは本当にすごい。見れば見るほど、心を奪われてしまう。それはきっと踊っている本人が想い人に心を奪われているからなんだろう。彼女のステップには恋心があふれているのだろう。彼女が一曲、踊り終わると、オーディエンスの中の一人がネコ耳を持って彼女に迫った。
「神! これをつけてプレイしてもらえませんか?」
それは秋葉原のオタクのステレオタイプをさらにこじらせた感じのキモメンだった。いきなりの乱入者に戸惑うばかりのナツメにキモメンはグイグイ迫る。次の曲が始まっていた。彼女が大勢の立ち見の中のボクを見た。その瞬間、ボクははじかれたような気がした。ボクは人混みから抜け出て彼女の手を取った。
「え?」
真ん丸になった彼女の瞳をボクは忘れないだろう。ボクは神を連れ去った。10時近い秋葉原の街をボクらは走った。どこへ向かうでもなく、ただネオンと大看板が照らす電気街を走れるだけ走った。