小説

『過去』宮下洋平(『過去世』)

 わたしは最短ルートを通ってさっさと終わらせたかったのだが、弟のほうが池の周りを一周したいとうるさいので、しかも兄はそれを止めずにただわたしをみつめるのだし、まあいいか、と歩くことにした。夏になると蛍がでるのだけれどね、この季節じゃなあ。ぐらぐらゆれる、木製の簡易的な橋を歩いていると弟はつまづいて転びそうになる。どうしたかと思ったら、大きめの石が転がっていた。あーあ、もうおしまいだね。弟はなぜ、と不思議がる。これは悪魔の石っていってね、最後に踏んだ人は呪われるんだよ。いくらこどもだましでもここまで稚拙じゃ小学生はだませないか、と思ったら、怖がった。そしてわたしの後ろにまわって、わたしに蹴らせようとする。怖がるだけならかわいいと思ったのに。このくそがきめ、と思いながら兄を見てみると大笑い。このくそ兄弟め、と訂正した後、石を拾って川に投げ捨てる。これでもう大丈夫だよ。
 木の橋から柔らかい土と雑草の道に切り替わる。夜の森は湿った、というよりも冷たい空気を感じる。虫の声や葉のすれる音が聞こえるからだろうか。そのあとは石の道。くそ兄弟は石を蹴りながら元の場所へ向かった。
 坂道を上り、コウモリやバッタ、蛾などのデザインが施された悪趣味なトンネルをくぐると、道は整備されているのだが、ほとんど山奥のように、木がいっぱいの場所にでる。鳥か何かが葉にぶつかる音、そして月明かりは木によってしぼられる。
 ふたりはしがみついてきた。その状態でしばらく歩くと、俺が通ってきた中学校が見える。学校生活は楽しい? ふたりとも目をそらす。こういうときよろこんでしまうのがわたしの悪い癖で、人間関係でしょ、と追いつめる。ふたりはわたしから離れた。ごめんごめんとわたしは謝る。君らもあの中学校に通うの? そう、とうなづく。わたしは笑いながら、あのね、一度、社会の授業中にね、鳥が入ってきたことがあるんだよ。ふたりは興味津々。へえ。
 わたしは学校を眺めながら歩く。さっきの話だけどさ、人間関係の悩みは永遠に続くからね、と教えてあげた。そしてわたしは砂を握る。それを学校に向かって投げつけた。
 土の上を歩く感触を楽しみながら、やっと目的地についた。このさきにドラキュラがいるんだよ。いってごらん。ふたりはわたしを疑い、何度もこちらをふりむきながら歩き出す。ふたりが見えなくなったところで死んだふりをした(昼間練習をかねてやったとき、誰かにみつからないかと、とても恥ずかしい思いでやった)。
 昼間、ちょうどいい太さの木があったので(あんまり細いとドラキュラ〈これはコスプレショップでかったのだけれど〉が貧相にみえるし、太いと縄がほどける可能性があるので)そこに結びつけている。兄弟の叫び声が聞こえてきたのでわたしは息を殺す。
 とおちゃん、とおちゃん、とわたしをおこそうと必死でゆする。わたしはふたりのおびえる顔を思いうかべると、笑いをこらえるのにひっしだった。とおちゃん。
 ふたりはあきらめて走り出す。少しだけ顔を上げてふたりが見えなくなったことを確認してから、ドラキュラの回収に向かう。

1 2 3 4 5