小説

『過去』宮下洋平(『過去世』)

 縄をほどき、ドラキュラの衣装を着る。これは部屋の中で練習をしたのだが、意外と楽しかったのでついつい暴れ回ってしまった(学生のころ、そんな友達はいなかったし)。その姿が鏡にうつり、わたしは服を脱いで仕事をしはじめた。
 ドラキュラの恰好をして、ふたりを走って追いかける。疲れて歩いているふたりをみつけたので、がおーと、ドラキュラにしては不可解な叫び声をあげながら走り出す。その声に気づき、兄弟はまた逃げ出した。
 あーあ楽しい。わたしは服を脱ぎ、また死んだふりをしたときの土が服についていることにきづいたので振り払った。
 入り口でふたりがまっていた。近づいてみてみると、目を赤くして腫らしている。とおちゃん生きてたの? 当たり前だ。ふたりは抱きついてきた。ね、ちゃんとドラキュラはいたでしょ。うん、ちゃんと豚面だった。
 十字路にきたあと、ここからはふたりでかえりなさい、と冷たく突き放す。なんで? 一緒にかえってくれるんでしょ。最初はそのつもりだったよ。わたしは怒りを抑えて、帰るまでが遠足だからね、と一言ささやく。今度は映画館にでも行く?

 今日も妖怪図鑑をもってカフェに向かう。十字路のところで人が集まっていることに気づく。何かあったんですか? と人だかりの後ろのほうにいた一人のおばさんにたずねると、交通事故みたいで、と答えられた。わたしはもうすこしちかづく。警察の人に交通事故ですか? と尋ねる。ええ、まあ大きな十字路ですからね。よくあるんですよ。わたしは背伸びをして確認してみる。二人のこどもだった。事故の原因は? 運転手の不注意で。そりゃそうだろう。あのこたちがマナーを守らないわけがないのだから。この本、あそこに落ちてました。もしかしたら飛ばされたんじゃないかと、と遺品を渡し、警察に会釈をする。わたしは事故現場から離れ、家に帰ることにした。 

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