「いや・・・」
「私が死んだと思って心配した?」
そのあまりにもストレートな表現に樋口は困惑したが、一瞬の沈黙の後、こう答えた。
「そうだよ。ひょっとしてそうなんじゃないかって」
「樋口くん、私のことを想ってくれてたんだ・・・」
「・・・」
「私はね、あの時樋口くんが好きだったんだよ。」
「え・・・」
「お父さんにもそう話してた。それなのに・・・」
そう言うと沙夜香は急に泣き出してしまった。肩を震わせながら、こらえようとしてもこらえることができずに彼女は泣いていた。樋口は沙夜香がかわいそうだったが、どうすればいいのかわからなかった。彼女は真っ赤に腫れた瞳で、樋口を見た。その瞳は幼い頃見た、あの女の子と同じだった。樋口は思わず、沙夜香を抱きしめようとした。樋口の指先が触れ瞬間、彼女は腕の中からすり抜けて、落ちていってしまった。ふと見ると足元の雪面が、こんもりと小さな山になっている。沙夜香の姿はもう影も形もなかった。樋口は呆然としてその場に立ちつくした。河川敷の上空には、分厚い雲が広がっていた。雪はいつもより静かに、ゆっくりと積もっていた。