小説

『雪消』田中紘介(『雪のなかのゆうれい』)

 それから彼女はますますミステリアスな存在として認知されていった。沙夜香はよく学校を休んだ。河川敷で初老の男と歩いている姿を見たというよくない噂も流れた。援交でもしてるんじゃないか、いやきっと父親だろうという者もいた。樋口はそういったまことしやかな話はすべてくだらないと思った。

 教室で樋口が沙夜香の席に近づくと、人知れず聞き耳を立てている人間が周りにいるのがわかった。
 だが樋口にとってはどうでもいいことだった。
「お前は不思議だな」と樋口は言った。
「どこが?」
「この町にはいないタイプだよ。」
「そりゃ最近越してきたからそうでしょ」
「まあそれはそうだけど」
「樋口くんさあ・・・」
 と言って彼女は初めて彼の名前を口にした
「私たち初対面じゃないよ?」
「え?」
「まるで転校してきて初めて会ったかのように話すけど」
 その瞬間、彼女はまっすぐ樋口の目を見据えた。金縛りにあったように、樋口は過去の記憶を思い浮かべた。確かにこの瞳には見覚えがあった。それがいつなのかどこなのか・・・。
「冗談だよ」と彼女は笑った。
「樋口くんに会ったことがあるわけないでしょう?」
「なんだ、冗談か」
 と言いながら、何か腑に落ちない、どこかで本当は会ったことがあるのではないかという思いが拭えないまま、樋口はうなずいた。

 樋口は放課後、毎日のようにパチンコをしていた。パチンコ屋巡りをして、台選びをして、攻略法を探って行った。そのうちに釘の目利きもできるようになっていった。いい台が見つかったら、そこに陣取って、日に5万円稼ぐこともあった。樋口はとにかく勉強ができなかった。本を読むこともほとんどなかったが、阿佐田哲也の麻雀小説だけは兄にすすめられてから時々読んでいた。人生に圧倒的な勝ち越しはなくて、何かがうまくいっている時はむしろ用心すべき、最終的にバランスは取れるものという阿佐田哲也の考えに、高校生である樋口は何か得体の知れない説得力を感じていて、パチンコで勝ち過ぎたり、負け過ぎたりすると、そのことが思い返されるのだった。自分は勉強ができないが、ギャンブルの才能は少しはあるのではないか、人生はなんやかんやバランスが取れるもんだと、樋口は考えていた。

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