ずいずいずっころばし、ごまみそずい。茶壺に追われて・・
「あははははははは」
私は泣きながら笑ってる。笑うしかないじゃない。もう何処を走っているかも分からない。知らない空き地に出た。造成もされていない草茫々の空き地へ裸足のまま飛び込む。雑草が足を切り小石が足の裏に刺さる。もう走れない。喉が痛い。胸が痛い。へたり込んだ私に小動物が何匹も飛び掛かった。鼠だ。痛い、やめて。私の全身に噛り付かないで。悲鳴を上げた口の中に鼠が飛び込んで舌を食い千切ろうとする。瞼に食いつかれて払いのけた私の目に、暗黒の壺の中が見えた。
全身に細かく咀嚼される痛みを纏いながら深い深い所へ落ちてゆく。落下する感覚。お母さんの優しい声が歌ってる。子どもの頃のような、やさしい、声・・・
遠くで、何かが割れる音がした・・・
「何処へ行ってたんだ」
それは相手の身を案じる声ではなく責める声。玄関で靴を脱ぐ妻の背に、初老の男の不機嫌な声が浴びせられる。
「あなた帰ってたんですか」
「ああ。何でもいいから何か食わせろ」
「今支度します」
台所の時計は十時を指している。中途半端な時間だわと妻は推理する。仕事が終わってから浮気相手を誘ったのね。でも相手にいいようにあしらわれて、大事な御用が出来ずに帰って来たのかしら。いい加減部下に手を出すのは止めたらいいのに。
何処へ行ってたかですって。あの子が落ちた井戸の周りでお茶碗欠いてたんですよ。現世へ戻って来ないように。貴方はあの子が居ないことに、いつ気付くのかしら。
何処で子育てを間違えたのかしらねぇ。何度も何度も呼びかけたのに、あの子は二階から降りて来なかった。おっ父さんが呼んでもおっ母さんが呼んでも行きっこなしよ。
儀式は案外簡単だった。どうして自分があんな事を知っているのか不思議だけど、小さい頃に誰かに聞いたのかしら。
「おい、こんな物しか無いのか」
何でもいいからと言ったくせに。
「ごめんなさい。お帰りが遅いと思っていたものですから」
夫は文句を言いながらも胡麻のおにぎりとお味噌汁を平らげて、台所を出て行った。どうせ食べるなら文句を言わなくてもいいのに。この人に一週間続けて食べさせるのは難しそうね。
まぁいいわ。歌ならたくさん知っているもの。
妻は長年の心配事が片付いてほっとしたのか、食器を洗いながら自然と歌を口ずさむ。
とっぴんしゃん、と優しい声で。