小説

『エンドレスなメロス』もりまりこ(『走れメロス』)

 そう思ったらなんか急に醒めてきて、今葛藤してる。走らなあかん。走って走り倒してセリちゃんの命まもらんとあかんって思うんやけど。
 後1枚だけ絵をみたら、ここを去ろうって観てた。そしたらそれは宝船に乗ってはる原節子と笠智衆やった。遠い遠い海の向こうに消えてゆきそうなそんな絵。こっちがじっとみてるはずやのに、なんかそっちからみられてる感じがした。たゆたう彼岸からこっちをみてるみたいな。振り返ると、もうその宝船の住人であるふたりは初めからおらへんかったみたいにいなくなってるような。デジャヴュやった。これも俺の夢の中のある日の一コマやったことに気づいて、そこを後にした。

 走り出して2日目。また満月の夜。
 ほんまに、人を信じられへんのは罪なんか? って呟きながらたったかたったか。胸の中がくるしくてひゅーひゅーいうてる。
 日常が他愛なさすぎて、どうにかしたいと思っていた10代の頃、月ばっかりみてるとルナティックな気分になるよって育ての親に言われて、俺はわざと月ばっかりみてたことがあった。
 それからそれから時間がおそろしく経ったけれど。今、俺はじぶんを信じられるかどうかの瀬戸際ですごい、迷ってる。迷いながら軽くその場ランニングして、空を見上げた。星がじゃらじゃら落ちてきそうに光ってた。セリちゃん言ってたな。
「ピアーズ・セラーズさんという宇宙飛行士の方がいらっしゃるんですよ。その方が宇宙から地球を見ると、二酸化炭素と酸素を含む大気のとても薄い層が見えるんですっておっしゃってて」
 その時のセリちゃんも、今の俺みたいにくるしそうに息を吐いて言葉をつないだ。
「そんな言葉を聞いてると、地球は思っているよりもろいものかもしれないと気づかされて、じっとしていてはいけない気持ちに駆られたんです。僕たちにもたぶん、そういう薄い層がからだのまわりを覆っていて、そういうものに守
られて生きているのかもしれない。だから、人に近づきすぎるとこれ以上近づいたらいけないような気分になることがあるのは、きっとそのせいかもしれないって」
 その時なんかさぶいぼたった。その刹那セリちゃん、幸せそうに続けた。
「僕、メロスを見てると、なんか変ですけど、とてもそんな気持ちになるんです」
 うわって空を見上げながら俺は唸った。セリちゃんメロスがすきなんやな。
 あんなええ人なくしてしもたら、俺ほんまに己も信じられへんようになる。 っていうか俺はセリちゃんのことは好きやし信じてるねんいうことがわかってきて、あかん悶えそうに涙でてきたわって空見上げた束の間、ギャラリーの扉を開けて螺旋階段くるくると小走りしてたら、ぞろぞろぞろぞろと人だかり。なんかあるん? ここで? それにみんな腰に手を当ててその場ランニングしてはる。その人達がなんかみんなこっち向いてはる。え?、こわっ。
「王様ですよね。ディオニス王様。ぼくたちも」
「いっしょに走らせてください」
「ぼくたちも、いっつも人を信じられなくて王様に親近感が湧いてたんです」

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