小説

『the study』阿部哲(『聖書・創世記』)

「問題ない。拡大と回転はわかったとこ。……あ、FFって何?」
「FF、……ファスト・フォワード。早送りだよ」パパはニコッと笑うと更に付け加えた。
「もし、学校の宿題には向かないと、たかしが思うのなら、本当に使わなくてもいいからね」
「うん、わかったよパパ。おやすみ」
 そう応えたが、たかしの関心はすでにシミュレーターに一直線に向いていた。パパが自室に戻り、たかしも机に戻ろうとしたとき、ベッドの上のスマホが鳴った。友だちのケンちゃんからのラインで、来週の火曜に市民プールに行かないか、という誘いだった。
 ……嗚呼……、プールの誘い……、明日から、本当に夏休みなのだ、という感慨が胸中にじわじわと広がるのを、たかしはじんわりと感じた。
‘オーケー! 台風が来ても行こう!’
 秒で返信するとベッドにスマホを放って大きく一つ伸びをした。
「マズい!」シミュレーターを最大まで早送りしてるのを思いだし、机に駆けよってつまみを元の位置へと戻した。そして、椅子に座って再び接眼レンズをのぞき込んだ。
 そこには、旧ソ連の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの名言よろしく、青い青い惑星が宇宙空間にぽつんと浮遊していた。
 また、惑星は全く動かず、背後に見える星々が動いていた。どうやらレンズの視点は星の自転に合わせて移動し、常に星の中心へと向いているようだった。
 しばらく、その惑星を眺めたあと、たかしはリングを奥へと押し込み、映像を拡大した。次第に地表の形が明確になっていったとき、視界に入った大きな湖が揺れたように感じた。たかしはすぐにそこへとフォーカスを合わせた。ラインの着信音が鳴ったが、顔を上げることはできなかった。湖の中にある、湖の面積の五分の一を占めるほどのクリーム色の巨大な岩に、たかしの目は釘付けになっていた。岩はまるで、湖の一器官のように、確かに蠢いていた。
 正体を見定めようと凝視していると、巨大なプテラノドンが視界を横切っていった。

「ガチで楽しかったね」プールからの帰り道、満足そうに微笑みながらケンちゃんはたかしに呟いた。
「うん、楽しかった。……今年はあと十二回行こうよ」夕日に照らされたたかしは、欲望をそのまま提案した。
「十二回か……。宿題が多くてなぁ……、塾もあるし。……八回なら、なんとか」たかしと同じく進学組のケンちゃんは、やはりそれなりに忙しいのだった。
「じゃあ、間を取って十回行こう。ね、十回行こうよ?」
 うーん、……うん、わかった。ケンちゃんからコンセンサスを取り付け、たかしは満足そうにニコニコした。が、すぐに「あること」を思いだし、その笑顔は陰っていった。
「どうしたの? 疲れた?」様子を見かねたケンちゃんが聞いた。

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