小説

『冷めてゆく紅茶に涙をひとしずく』いわもとゆうき(『マッチ売りの少女』)

 とわたしは繰り返した。
「機械のわたしが言うのもなんですが、それこそが人間が使える魔法なのです」
「息子は、そう生きていただろうか?」
 わたしは息子を見つめた。その顔に答えを探して。
「科学技術がここまで進んでも、自然には勝てないんだね」
「ええ、永遠に」
 少女はそう言って、こちらを向いた。わたしは少女に握手を求めた。少女は最初戸惑っていたが、握手してくれた。想像していたのよりもあたたかな手だった。玄関口で妻が少女にボーダー柄のセーターを差し出した。寒いでしょうからと。わたしが彼女はアンドロイドだということを妻の耳元でささやくと、妻は、ええ、でも寒いでしょうから、と同じことを言った。それは息子の少年時代のものだった。思い出が詰まったセーターだから捨てられなくて、と妻は微笑んだ。少女は深々と頭を下げ、お気持ちだけ、と言って断った。
「さようなら」
 と少女が言った。
「さようなら」
 と妻が言った。
「ありがとう」
 とわたしは言った。
 少女はもう一度深々と頭を下げて、そして迎えに来ていたダークグリーンのジャケットを着た青年とともに去って行った(ゲストハウスの受付の青年と顔は同じだが髪型は違っていた)。

 夜。リビングの、薪が燃えている暖炉の前にある低いテーブルに、ふたつのカップに入った紅茶が優しい湯気を立てている。息子は少女が来た日の二日後に旅立った。安らかな顔だった。少女が去った翌朝に、息子に何か夢を見たか尋ねてみた。息子はかすれた声で見たと言った。それは少年時代の冬の日の光景だったそうだ。その日、母が編んでくれたセーターを着ていたと息子は言った。そのとき想いが通じたように、好きだった女のコと目が合ってニコッと微笑んでくれたんだよね、と息子はうれしそうに語った。初恋かい? とわたしは聞いてみた。息子は、ウンとうなずいた。つき合っていた彼女の名前をわたしは出してみた。息子は、ウンウンと二度うなずいた。先月、その彼女は息子と同じ病気で天国に旅立っていた。彼女にもうすぐ会える。寂しがってると思うから。息子はそう言うと、静かに微笑んだ。息子は愛し愛されてしあわせだった。葬儀にはあんなにたくさんの友だちが集まってくれて泣いてくれたんだから、きっと魔法を使えていたに違いないとわたしは思う。妻はそばで、息子が着ていたそのセーターをほどいた毛糸を使ってランプシェードをつくっている。部屋の壁にはすでに、そのほどいた毛糸を混ぜてつくったクリスマスリースやガーランドが飾られている。息子のセーターの毛糸を使ったからこそ生まれた配色が、とても美しかった。

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