小説

『冷めてゆく紅茶に涙をひとしずく』いわもとゆうき(『マッチ売りの少女』)

「そこまでリアルにつくられているんだね」
「みたいですね」
 わたしは本題に入ることにした。
「それで君はとても美しいものを見せてくれるんだよね。見せてあげてほしいんだ、君が見たのと同じくらいに美しいものを。そうして喜びに満ちて、素晴らしいところへと旅立たせてあげたいんだ」
「わたしがそうであったように」
 と少女は言った。
「そう」
「マッチの火で」
「そう、マッチの火で」
「わかりました」
 と少女はこれで契約は成立しましたといった風に深くうなずいた。
「息子なんだ」
 とわたしは呟いた。
「そうですか」
 と少女は言うと視線を落とした。
「医師から残りわずかだと言われている」
「そうですか」
「まあ、ここで長話もなんだから案内するよ」
 わたしはそう言うと、来た方へと歩き出した。

 自宅に少女を案内した。夜九時を少し回っていた。車のなかではジャズをかけていたせいもあってかほとんど会話はなかった。少女はずっと車窓の風景を眺めていた。少女は車から降りると、宮殿のよう、と感嘆の声をあげた。妻が出迎えた。コートを、と妻が言ったが、少女はこのままで、と頭を下げた。さっそく二階の二十歳の息子の部屋に少女を案内した。息子はベッドで眠ったままだった。ベッドの傍らにわたしと少女は並んで立った。
「先日まで病院にいたんだが、最期は自宅がいいと息子に頼まれてね」
「そうですか」
「ところで君のマッチは具体的にはどんな最期を与えてくれるのかな?」
「しあわせな光景をお見せします」
「しあわせな光景」
「最高の喜びの」
「それはいいね」
「はい」
「せめて最期に、言ったように素晴らしく美しいものを見せてあげたくてね。そういった噂をよく聞いていたりもしたもんだから。うん、それはいい。そうか、最高の喜びか」
「はい」

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