そーれっ!という掛け声とともに投げ入れられた雑巾は一度天井にあたり麗羅の足元にビシャリという音を立てて落ちた。
扉の向こう側では「当たった?ねえ当たった」という期待に満ちた問いかけがなされている。
麗羅は、冷めた目で足元の雑巾を見つめる。その目に生気はない。
さて、次はどうしてやろうか、と彼女たちの声が聞こえてきたその時、
「灰谷いんでしょ、出てこいよ」
と、グループリーダー格の女がやってきた。
その声を聞いて麗羅はびくりと身を震わせた。グループの中でも、とりわけ彼女のいじめはえげつなかった。今までされてきたいじめが脳裏をよぎり、先ほどまであまり反応を見せていなかった麗羅の顔が恐怖に強張った。
「さっさと出てこいよ、早くしないとタダじゃおかないからね!」
逆らってよかった試しなどなかった。麗羅は嫌々ながらもトイレの個室から出ることにした。
恐る恐る扉を開けて出てみると、出てきた麗羅を無言で見つめる女がいた。その後ろには、先ほど愉快げに麗羅をいじめていた二人がニヤニヤ笑っていた。
「ちょっとツラ貸しな。アンタらは付いてくんじゃないよ」
女のその一言に麗羅は意外に思いながらも素直に従う。下手な反抗はこの後に地獄を見ることになると嫌でも学んでいたからだ。他の二人は若干不服そうではあったものの、女の言うことには逆らえないのか、トイレを出て行く女と麗羅を大人しく見送った。麗羅とすれ違いざまに「いーっぱい遊んでもらいなね」と囁くのしっかりと忘れずに。
トイレを離れた二人は近くの空き教室へと入った。窓の向こうからは部活に勤しむ生徒の声がかすかに聞こえてくる。
女は麗羅が教室に入ったことを確認すると、彼女に向き直り口を開いた。
「明日、ここに朝イチで来い」
「……」
てっきりここでいじめられると思っていた麗羅は一瞬不思議そうな顔をした。
「ちょっと、聞いてんのかよ?!」
「ヒッ?! き、聞いてます……! あ、朝イチにここに来ればいいんですね……?」
「そうだっつってんだろ」
イライラとした様子で女は答える。
「わかったらさっさとどっか行っちまいな。アタシは今スゲームカついてんだよ。いいか、明日、朝イチにここだからな? バックれやがったら、ゼッテェただじゃおかねぇから、覚悟しろよ」
「わ、わかりました…!」
女は麗羅の襟首を掴み一度凄み、彼女が承諾したことをしっかりと確認してからその手を離した。
ケホリ、と軽くむせた麗羅はこれ以上何もされないうちにとすぐさま教室を出て行った。
後に一人残った女は、明日のことを考えてニンマリと嫌らしい笑みを浮かべていた。
翌朝、麗羅は昨日の命令を忠実に守るため、六時ごろから教室で待っていた。朝イチとは言われたが、具体的な時間がわからなかったため、万が一の遅刻を恐れた結果だった。