『月の石を持ってきてくれたら、真剣に考えるわ』
普段と何ら変わりないその愛らしい笑顔でそんな言葉をさらりと彼女は口にする。
当初はそんな話を聞いても「お前が告ったからそんなこと言われて遠回しに振られるんだ。見ていろ」などと言って挑む男もいたが、彼女は誰にでも先刻のような無理難題を条件に提示した。
ある時は、『ニホンオオカミの毛』を。
またある時は、「麒麟の髭」を。
またある時は、「ドラゴンの牙」を。
どれもこれも無茶が過ぎる条件だった。
いつしか「誰とも付き合う気がないからそんなことを言うのだ」と皆が思うようにはなったが、それでも彼女への求愛が途絶えることはなかった。
そして今日もまた、一人の男が案の定派手に砕け散り散々な目に遭っていた。
「ホンット、あの女ムカつく」
そう呟いたのは、本日めでたく玉砕メンバーの仲間入りを果たした男の現在の恋人だ。
自身の恋人が白雪に告白して振られたという話が校内に知れ渡ってからの彼女の虫の居所は過去最大級に悪かった。今も、まるで今から人でも殺しそうなほどに恐ろしい形相で苛立ちをあらわにしていた。
以前から彼女は、誰からもちやほやされる白雪のことが気に入らなかった。そこに今回の出来事が起こり、彼女にとって白雪は存在そのものが許せないものとなった。
自分というものがありながらあんな女にうつつを抜かした男も許せないが、それ以上にあの女だ。どうにかして痛い目に合わせてやれないものか……。
そう考えていた彼女の脳裏に、ある考えが思い浮かんだ。
「……いーこと思いついた」
ニヤリと笑うその姿は、実におぞましかった。
バシャバシャバシャッ、と扉越しに水がかけられる。
扉の向こうでは壁に必死にくっつきなるべく濡れないように俯く少女がいた。
灰谷麗羅。暗い性格で周りとは自ら関わることのない、いじめられっ子。
誰と話すのもおどおどとして要領を得ず、常に独りでいる。
そして今現在、いじめの真っ最中であった。
「お湯加減はいかがですかー?」
「そのうざったい長い髪、洗えてよかったねー」
キャハハハハ!!っと笑いあっているのは麗羅を率先していじめている上級生グループだった。学内ヒエラルキーの上位に位置する彼女らの行為を咎める生徒は誰一人としていない。友人の一人もいない麗羅は常に彼女たちのグループの誰かにいじめられていた。
「あっ!アンタ確か拭くもの持ってなかったよね!雑巾入れてあげるね!」
「やーん、アンタすっごい優しくない?」
「でしょ〜?」