小説

『蒸気機関車』LAP(『蜜柑』)

 「いや、大丈夫・・・ありがとう」
 女は目をそらし、メイク落としをはじめた。
 「ビール、飲んでいいかい?」
 「どうぞどうぞ」
 男は袋からビール缶を出し、プルトップを引いた。「プシュッ」と泡が飛び出し、男の顔にかかった。男はハンカチでそれを拭った。煤の文様がひげのようだった。
 女は男をチラッと見て、クスッと笑った。
 男はビールをグイと一口飲み、女の顔をしみじみと眺めた。
 「煙の中で、キミは・・・綺麗だった」
 「えっ?」
 「輝いていた」
 「天使だもん」
 「そっか・・・」
 男は天井を見上げ、止まって動かない年代物の扇風機を見るともなく眺めた。
 すると、膝のうえのビールを持つ手を温かい両手が包むような気がして、慌てて目を向けた。だが、特に変わったことはなかった。そして、目の前にいるはずの天使も跡形もなく消えていた。
 車窓を蒸気が舞っている。

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