小説

『愛しのルリ』緋川小夏(『八百比丘尼伝説』『人魚姫』)

 もう二度と、離れることはない。
 ルリは僕の中で消化され、やがて細胞となって生まれ変わる。そう思うと、心からの嬉しさと感動で体が震えた。
 部屋には空っぽになった生簀だけが残された。あらためて、その大きさに笑ってしまう。久しぶりに自分のベッドにごろりと寝転ぶと、身も心も満たされた充実感からか猛烈な睡魔に襲われた。
 目的を果たした今、自分を取り巻く全ての景色が急速に色あせてゆく。
 家に残っている食料は、あとわずか。携帯電話は解約してしまったし、切り崩して使っていた貯金も、もうすぐ底をつく。
 このままルリと朽ち果てる悦びに僕は酔い、静かに目を閉じる。永遠の若さなんて、いらない。

 遠くから潮騒とルリの子守唄が聴こえた気がした。

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