警察官の前で、酔っぱらったままば~かって言ってこらって、追われそうになった時も、ゆっくりと泰然と深呼吸してるみたいに歩いてた。
それだけじゃない。雑踏のアスファルトを、安ホテルの捨てられたガムがぺしゃんこになってる薄汚い絨毯の廊下を。
ここにきて、真夜がいまここにいないことが俺の身には堪えていた。
もういちど、あの初老の男の人を探した。<おともだち>って言いはったよね。真夜を失ってから俺に足りないのは真夜だったから、真夜って雑踏の中で叫んだった一周忌のあの日を思い出す。俺のよびかけに答えたのは、ぶっかぶかの赤いジャケット着せられた頭のてっぺんに水玉模様の髪ぱっちんするやつつけられていた、女の子やった。「は~い」ってふわんと返事しよった。
そのまだなにも汚されてない声を聞いた時に、俺はそのきったないフロアに涙をひとつぶ落とした。すぐ乾いてしまったなって思ってたら、少し前を神納ゲンジロウが、歩いているのが見えた。颯爽と、ちいさなおしりで。
視線を感じたのかふと振り返ると、カノゲンは黄色い髪をすこしゆらして、<thankyou>の口元を作っていた。tとhの時、ちょろっと舌がでていた。
本格的thの発音の口パクだった。それはまるでキリンの舌か? って巡らせている間に、ゲンジロウの背中は消えていた。見失ってばっかりや、あかんちょっと寂しすぎるわこんな夜って思って、気が付くと一駅分歩いていた。始発待ちにここで夜を明かすひとたちの輪ができている。
月命日。あと何回すごすんやろう。さんざんやったで。
<さびしさは伝染するんやで>真夜がいっつも言ってた。
俺は駅を出る。空を見上げる。浮かんでる満月に向かって、ひとこと漏らした。
<オッケーグーグル、おともだちになって>。