「そしてやっとみつけた背の高い樹木の葉先に滴っている雫をですね、たいせつそうに長い舌で受けとめるんですよ。それなのにですよ、唯一の水飲み場に先客がいるとわかると、闘う素振りもみせずにそのオアシスをさらさらとみんなで後にするんです。血の気が薄くて、なにもかも享受してしまうひとっているなって。そんなこと想像しましてね。暇ですから、それでわたしは思いましたよ。一生ひとりを愛する人っていうのは、多分、あの砂漠のキリンのようなものだと。あなたもそういう種類のお方かな?」
問いかけられていたのはわかっていたけど、ただ黙っていた。
そういった後、彼は列からすこし外れた。急にしゃがみこんだのでどうしたんだろうと思ったら、背中を丸めて靴紐を直しているところだった。その背中の曲線の丸みがなだらかで、そこを月が照らしていた。靴紐を直しながらも、彼はキリンが立っている時と、座っている時の身長差は6メートルもあるんですよと、キリンプチ情報をこれでもかと教えてくれたあと、腰を伸ばしてすぐに握手を求めてきた。乾燥したしわのある手の甲。たぶん肉体労働をして来たような節高な指だった。闇の中で手を求める握手からは、ただただ体温だけが唯一の情報だった。
「あなたとはいつかおともだちになれるようなきがするな。あなたの返事に惑う間がとても好ましくてね。ゲンジロウさんを娘が好きでなかったら、あなたともこうして逢えなかったわけで。おもしろいもんですな」
突然の<おともだち>発言に面くらいそうになりながらも、俺はそんなにこの人がきらいでないなって思う。そんな束の間、「そうそう今日はね娘の月命日ですから、あいつがなにかいたづらしよったかもしれんな」
その言葉を耳にした途端、満月がすべてを晒しているような気がして、めまいがしそうになった。もしかして、娘さんのお名前は真夜さんですかとかってうっかり口走りそうになった時、その行進の列がイレギュラーな形になった。
<オッケーグーグル、列をみだして>
さっきまでいた初老の男の人を乱れた列の中に探そうと思ったけどみつからなかった。線路わきの電柱に、逆ドミノみたいに灯りが点る。それを合図に、停電は解除された。白日のもとという感じの蛍光灯の白々とした明るさが、あたりに満ちていた。その灯りの中にもさっきの人はみつからなかった。
いなくなると、探してしまう。あのアラカンの男の人が最後に言った<おともだち>が耳の中にこだまする。
あの人がしきりに伝えたがっていた<砂漠のキリン>。あの人が喋り続ける中なにを俺は思っていたか。すぐに交尾を思わずにはいられなかった。
メスを獲得するために、交尾に臨んだジラフ模様の濃いオスが、雌の背後で動く。でっかいのに、どことなく静かな生き物たちの交尾、そこにそっくり真夜を重ねていた。
そのただなかではなくて、終わった後。すっとベッドから抜け出して歩いてゆくなにも纏わない裸のままでキッチンに水を飲みにゆく後ろ姿。
真夜の歩き方がすきだった。まるで水飲み場を探してるキリンたちの図だ。