小説

『アロンアロンアンドアロン』もりまりこ(『月夜のでんしんばしら』)

 今夜は<神納ゲンジロウ>の踊りをみにゆく。中央線で<ツクヨミ>駅にやってきた。会場は駅の真上。片道二時間半。なにしてんねんって思いながらも俺はいっつもそうやってひとりでライブに行ったり映画に行ったりする。
 妻だった真夜が死んでからはずっとそうだ。
 これで俺もひとりなんだと思ったのは真夜の一周忌を終えた頃で、その後はこれひょっとしたら一生続くんやないか? って確信したのはつい最近だ。
 ただ、あいつの月命日の8日になると出歩きたくなるのだ。
 真夜。これがうまくできたもので彼女にも友達らしきものはいなかった。
 いないものどうしがくっつくってところが、人生マグネットやなって浮かれていたのも束の間、真夜は事故で死んだ。
 今は、死んだという事実を疑問に思わないぐらいの正気は保たれている。
 供養になるかどうかわからないけれど、供養的な感じで踊りをみにゆくことにした。

 背もたれのあるやさしい革の風合いが伝わってきそうな、誰も座っていないロッキングチェアが舞台の上で揺れている。その隣では小刻みに割れた筋肉を持つ髪を黄色く染めた男が踊っている。それが<神納ゲンジロウ>だった。
 カノゲンって巷では呼ばれているらしい。彼を好きだったのは真夜のほうだった。
<カノゲンは立ってて、人さし指で上腕辺りをふいっておしたらへらへらって飛んで行きそうに華奢やのに、それがちゃうねん。めっちゃ体幹鍛えてはんねん>真夜の言葉は一字一句思い出せる。
<カノゲンとかって呼ぶひとは、ちょっと俺きらいになる。ちゃんとフルネームで言わんといややっていうねん。名前縮められるってことは売れてるってことやのにねぇ。そんな意固地なところがまた、すきやねん>
 真夜がそんなひとりごとのように話していたのを思い出してぐぐってみた。
<月夜のでんしんばしら/byゲンジロウ>
 その公式サイトに書かれていたのは、入場条件だった。
<ひとりできてください。とくにずっとひとりぼっちのひと、よろしくです>
 そんなコメントが、怪しくてそそられた。

 カノゲンは一人勝手に踊る。まぎれもなく、踊ってるんだなって思った時、ふと彼の隣が気になってそっちに目をやると、ゆっくりとしたリズムで椅子がゆれていた。
 あそこに飛び乗ればすこし眠くなりそう。眠れるかもっていうそんなリズムばかりを追っていたら、いつのまにかそれをじぶんの身体が憶えてしまって、憶えてしまったものを忘れないように、そっと刻んだまま踊るゲンジロウに視
線を移す。

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