思わずあっと私は昇る足を止めていた。久し振りに見た。でも何で上階から? 上階には図書室。でも閉まっている筈。
それでふと思い出した。同級生の娘の話の中で。
――そう言えば拓真くんがヘンなこと言ってた。
僕は秘密の抜け穴を知っているんだって。それは木造校舎にあるんだって。でも誰にも教えない。
そんなの言ってた。
階段上で鉢合わせして、拓真君も最初は驚いた顔をしていた。でも直ぐに顔を背けてゆっくりと階段を下り始めた。
目を合わさすに私の横を通り過ぎる彼。
声を掛けようとするが、思わぬ出会し方に何と掛けようか戸惑ってしまった。
「拓真君」
背を向けて通り過ぎる寸前に出たのは名前だけ。彼も呼び止められビクリと驚き、振り向かずに立ち止まったままだ。
「あの……別に怒っていないからね。私は拓真君がそんな子だなんて思っていないんだから」
何に対しての言い訳だろう。自分でも可笑しいと思う。でもそれ以上に呼び止める為の言葉が思い付かなかった。
「だから、また図書室に来ても……」
「フライパン」
ただまた来てねの私の一言前に、彼は振り向き掛けに言った呟きだった。
「えっ? フライパン?」
「……フライパンもった、悪魔がいるの。ここんとこずっと。ずっと図書室いる」
途切れそうな小声。まだ私に正面の顔を見せてくれない。横顔で見せる彼の目は、見て分かる程に左右に泳いでいるのが分かった。
これがあの屋根上で公然と言い放っていた彼と同一人物なのか。
フライパン持った悪魔? この子は何言っているの?
「……絶対守るから」
そう呟いて彼は走り去ってしまった。呼び止める暇も無かった。
逃げ去る拓真君を追い掛ける事なく、私は階段を上がり図書室へと入ろうとした。
一体、あの子は何を言いたかったのか。溜息交じりに図書室の鍵を開けて室内灯のスイッチを押した。
「あれ?」
蛍光灯が点灯しなかった。何度かスイッチを入れ直してやっと点いた。