小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

 ランドセル脇の名札。平仮名書きの“すぎやま たくま”の文字。

「真理子先生! 居ましたか!?」
 男性教師が慌て飛び込み様に訊いてきていた。
「彼のランドセルがここに……」

 震える手でランドセルを持ち上げていた。
 その瞬間。外で大きな音と供に炎に包まれていた旧校舎が崩れ始める。
 暗黙の空に飛びゆく大量の火の粉。熱風が新校舎の窓を揺らし、炎の中に見えた影絵の支柱達はオレンジ色の中心へと向かい、蕩ける様に崩れ去っていた。

 
 その後は教師、警官、一部の保護者総出だ。夜通し近隣捜索。
 一途の望み。彼が旧校舎に居ない事を。

 だがその望みも明け方近くの消防隊の連絡で砕かれた。現場から小さな焼死体が見つかったと。

 爽快な筈の昇る朝日。ただその旭光は今日に限り眩しすぎて重々しかった。

 

 
 火災から一ヶ月は経過した。
 未だに出火原因は不明。
 拓真君が居たという事実から彼が原因だという話も出ていたが、私は信じなかった。

 そんな折に拓真君のお母さんが学校に訪ねて来た。あの日の憔悴しきった姿以来、彼女の様子は窶れてはいたが健全のようだ。
 私に用が有るのだと。非難の為に来たのではないのは感じていた。

「先生にこれ見て貰いたく……隠してあるの見つけて」

 渡されたのは十数冊の大学ノートだった。表紙に題名はなく、数字で番号が振られるだけ。
 開き見て私は驚いた。

 頁一杯に書かれる小さな文字の山。
 書かれるのは本の題名、作者名、内容の梗概。その後に続く簡素な感想が。
 本の題名に覚えが。図書室に置かれている物ばかりだ。

「これ拓真君が? でも、こんな漢字……」

 私が懐疑的なのは当然だ。書かれている文章には多数の漢字が。種類も小学生が知育される水準ではない。高校生並みだ。

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