「私がいけないんです……あの子、祖父の影響で文字の知識が高かったらしいんです。でも一年生の時にそれで虐められた事があって……私、その時に余計な事を言って」
「余計な事?」
「知ったかぶりで書くなって……それ以来、あの子は漢字を書かなくなって」
それを聞いて私は頭を殴られた思いだ。彼を学習障害と思い込んでいた事を。
思い返せば彼の知識の片鱗は幾つも見受けられたのに。
動植物の知識。あの屋根上での台詞。幾らでも思い当たる。
人との意思疎通が苦手。それだけだと。
それが分かった時、私は彼のあの台詞にもちゃんと意味があると思い返した。
「お母さん。フライパンで何か思い当たる事有りません?」
「フライパン?」
「そう、拓真君に関して」
啜り泣いていたお母さんは暫く考え込むと思い出した様に答えてくれた。
「そう言えば私は調理器具を扱うのが下手で……よく火加減を間違えてフライパンの取っ手部分を焦がしてしまうんです。それで似た様な匂いをフライパンの匂いだって……」
焦げた匂い。それだけで思い当たる節が私にはあった。
旧校舎の配線は後付けが多く、何度も不具合があって点検に来て貰っていた。
作業員の人が無理くり付けた配線が多いから、何処で不具合が存在するかが心配だと。
その存在を拓真君だけが気付いたんだと。
今、私は新校舎に設立した図書室に居る。
元々、図書室は旧校舎からここへ移設される予定だった。
だから今、この図書室に一冊の本もない。
私は拓真君が残した大学ノートをペラペラと捲る。千数冊に上る本の紹介と感想。彼が忍び込んでまで読み上げてきた証だった。
火災は漏電が原因となった。
気付いていた彼はどんな想いであの場に居ようとしたのか。
迫り来る炎に向かい本達を守ろうとしたのか?
誰かの為だったのだろうか?
それでも一人立ち向かわず、私に言って欲しかった。言える存在がなかった事が何より後悔だ。
これからこの図書室をどうしよう?
このノートに記載された本を集め直すか。
いや彼だったらきっと、読んでいない本を望むはずだ。
そんな想いで私は拓真君のノートを読み続けるのだった。