小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

「拓真君はクラスで浮いている感じなの? そう、こう……」
「浮いてる? ううん、普通。あんま喋んないけど」
「みんなと仲が良い?」
「仲がいいかって……まあ、昔はイジメられてたって聞いたことあるけど……」

 やっぱりそうなんだ。性格や学業面でも弄られそうな子だから。
 私が納得した顔を為たんだと思う。それを見て取って女の子が慌てた口調で返してきた。

「今はないよ。イジメられてたのは一年生の時だって聞いたもん。今はぜったいにないよ」
「そうなの?」
 私は言い切る彼女に少し驚いた。
「変わっているし、あんま喋んないけど……でも拓真くんは優しい子だってみんな知ってるから。だってアサガオやヒマワリ育てるの一番、上手だったし」
「そうなんだ」
「それにクラスで飼っていたハツカネズミが元気なくなった時、拓真くんが看てくれたら元気になったんだよ? 植物や動物に詳しいんだよ、きっと。だから学校来なかったりしても、みんなはそんな悪いやつだとは思ってないよ、ぜったい」

 そう彼女が言って合点がいく所が。拓真君はよく図鑑系の本をよく見ていたから。
 しかし内容は理解してる? それとも親族で教授してくれる方がいるとか。
 でもまあ、私の気苦労などは余計な事だと知れて良かった。

 
 放課後、私は教材で使われた書籍を預かり図書室へと返しに行く途中だった。
 同級生の娘の話を聞いて少しは安心した。
 でも新たな気掛かりも残る。
 同僚が言っていた通り、拓真君のお母さんはかなりヒステリックな印象だった。
 後々に訪問に来て私も初めて顔を合わせた。あの三人の男子の親御さんとは対照的。お会いして直ぐに此方を捲し立てる様な口調で非難ばかり。
 自分の子は悪くないというより、自分は悪くないという言い訳じみた物申し。

 それだから拓真君はああなのだ。いけないと分かりながらも吐露しそうに成る程に思った。

 旧校舎の二階へと上がる階段。段差前の床板が私の溜息に合わせて軋み鳴った。
 見上げた踊り場の窓からは橙の夕焼け色が格子窓から溢れている。
 上がろうと段に足を掛けた途端、その淡い光を遮って影が現れた。

 上階から誰かが降りて来ていた。逆光の合間から見えた顔は、あの拓真君だった。

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