小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

 目の前には跳ね回って泣き叫ぶ、あの三人の男子。一人は蹲って泣いている。
 それを遠巻きに見て怯えた様子の図書委員の女子二人が。

 そして、それ程には高所ではない用具室の平たい屋根上から。一人の男の子が三人に向かって何かを放り投げている。

 側に寄って投げている物が何か分かった。
 大人の指よりも太い巨大なイモムシ! 近くにある学校管理の畑に大量にいた奴だ。屋根にいる子はそれをバケツ一杯に入れてるらしく、それを素手で鷲掴みして投げつけているのだ。
 下にいる男子三人の身体中、生きた蠢く緑色が沢山張り付いている。

 ひえぇ~えっ! 近寄って私は内心で叫んでいた。
 でも放置は出来ない! 私は心で泣き叫びながら、男子達の体から振り払う様にしてイモムシ達を取り除いていた。

 大体のイモムシは振り払ったが、男子三人は情けない位に泣きじゃくっていた。三人を労りながら私は屋根上にいる男の子を見上げた。

 彼は白い上袋を頭から被っている。両眼の所だけ覗き穴を開けて。
 屋根上で仁王立ちしている拓真君だった。
 服装で一目見て分かった。いや、それ処か胸にしっかり“すぎやま たくま”と平仮名書きの名札を付けたままで。
 覆面の意味がないじゃない。そう思いながら私は彼を咎めようとしたら――。

「はっはっはっ! 何だお前らのその姿は! 地獄の業火にでも落ちた様に情けなくのたうち回りやがって!」
 威風堂々。胸を張りながら、紙袋覆面の拓真君は言い放った。
 その姿に呆気に取られる。驚きもあったが、彼でないと思える明瞭に発した台詞だったからだ。
 思わず立ち上がった私。それを見て取ると拓真君は翻して屋根から姿を消していた。

 追いかけようとも考えた。だけどこの男子三人を放置する訳にもいかない。
 でもそれは言い訳で。
 畏怖すら感じた彼の姿を見て追いかけて成らない。そう思ってしまったのが事実だった。

 
 イモムシ投擲事件から二、三日経って。投げつけられた男子三人の親御さんが学校に来られていた。
 三人には目立つ外傷はなかったが、虫を振り払うのに多数の擦り傷を。

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