小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

 その拍子に、私は下から本棚を見上げていた。
 背の高い本棚。上部の方は大人でも段梯子を使わないと。
 側板に空所から覗かせる背板。人の手が幾重にも触れてきて、黒光りする光沢は時代という感傷を漂わせる。
 ふと一段の本列が目に留まった。推理小説等の部類の所。あの辺りは江戸川乱歩作品のはず。
 今の皆と同い年の頃、私はよく少年探偵団シリーズを読んでいた。女の子の癖になど揶揄された事も。

 あの悪戯した三人も旺盛な好奇心を求知心と変えてくれれば。胸を躍らす世界がこんな近場にもあるのにな。

 私は立ち上がってその列の背表紙を指でさらっと触れ流した。
「あれ?」
 触って気付いた。シリーズの置き順が左詰で初刊から並べてあるのに。
 振り返って二人の女子に訊こうとしたが私は思い止まった。
 恐らくはこの二人じゃない。整理をしたのは。この本棚を整えようと私が思ったのは昨日だ。
 覚えている。帰り際だった。そして図書室を閉めて。
 今の今間で誰かが整理する時間の余裕なんて無かったはず。

 私が赴任して来て暫くして、こう言った事は度々起こっていた。気付いたら本列が綺麗に並べ替えられてるのは。

 二人の女子を振り見ながら、そして他の図書委員の子達の顔を思い返す。
 誰だろう。いつもふと知れずに本達を労ってくれるのは。

 

 中庭に続く旧校舎と新校舎とを繋ぐ渡り廊下。
 夕暮が側に寄りそうと吹き抜けの廊下にはひやりとした風が通り過ぎる。
 まだ肌寒い季節。その清涼な空気の中で、歩きながら私は重い溜息をついていた。
 あの三人の事を報告しなければ。
 用務員さんには不慮の事故と誤魔化したが、やはり三人の行いを無視する訳にもいかない。
 大事に為たくはないと思案する最中に。

 何か声が聞こえた? 言い争う様な。そんな。

 私は渡り廊下から外れ、近くにあった外履きに履き替えると声がしたと思える方へ中庭を進んだ。
 焼却炉や用具室がある裏庭からか。小さな雑木林も隣接する。やや窪んだ小道を進んでいると、急に男の子達の叫び声が上がった。

「うわっー何だよ!?」「やめてなー!!」「とって! とってって!」

 声を聞いて慌てた。走り出して声がした場所へと滑り込む様に駆けつけた。

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