小説

『マドロシカは三度眠る 』篠崎フクシ(『眠る森のお姫さま』)

 口髭をたくわえ、でっぷり太った白衣の医師は、わたしの顔を覗き込みながら驚嘆した。
 その隣には、痩せて窶れた一人の老人が座り、わたしの手を握りしめていた。丸眼鏡の老人。腰が曲がり、顔中シワだらけで髪は真っ白だったが、婚約者の面影はかすかに残っていた。
「マドロシカ、僕は信じていたよ。いつか君は目を覚まして、僕のもとに帰ってくると思っていた」
 全身の骨がミシミシと音を立てる。指一本動かすのに長い時間がかかりそうだった。婚約指輪が鉄アレイ並みに重い。唇を開き、声帯を震わせるくらいは何とかできそうだった。
「あ……、うう……」
 言葉にならないうめき声が、病室に広がる。
「マドロシカ、ゆっくりでいいんだ。ゆっくり恢復していけばいい、慌てる必要はないよ。ふふ……、すっかり年老いてしまった僕を見て、びっくりしたかい? 君だってもう、しわくちゃのお婆ちゃんだ」

 ーー、!? マジかよ。

 ペローのお伽話、『眠る森のお姫さま』では、姫は百年眠り続けても美しい少女のままだった、はずだ。
 わたしは老いた彼の言葉に脱力し、文字通り閉口した。百年の恋も冷めてしまった。そうしてわたしは、ふて寝するようにまた、瞳を閉じる。
 次に眼を覚ます時は、地球が滅びているかもしれない。まあ、それも悪くはないか。夢見心地になりながら、いつか意地悪な妖女となって、どこぞの美しい姫に呪いでもかけてやろうかと、わたしは不道徳な夢想に耽っていた。

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