小説

『目のあるメゾン』紗々井十代(『絵のない絵本』)

これは私の考えたことだが、暗い森の中、二人の出会い頭にぱっとスポットライトのように光を送るつもりなのだ。
 私も粋な演出を思いつくものだと、照らす前から嬉しくなった。
 薄暗い森で、紺のワンピースは曖昧に闇の中へ溶け込んでゆく。きっと白い光にシルエットが浮かび上がれば素敵な夜になるだろう。
 いよいよ少年が森に入り込み、少女の元へと近づいていく。彼の足元の淡い光が木々の合間をすり抜け、妖精のようでもあった。後から考えるに、それは人魂のようでもあったかもしれない。
 いよいよ二人の出会いが間近というところで――私が今に照らそう、という場面だ――、夜に目が慣れた少年は、少女の姿を見つけたのだろう。
 彼は彼女の名前を呼んだ。
 それいまだ! 
次に私がぱっと光を当てた時には、なんということだろう。少女は地面にこけて、ワンピースはめくれ、すっかり下着が露になっていた。
 それは眩い光に当てられ、宝石のようにくっきりと見えるのだった。
 「やっぱりあなた、私のパンツを彼に見せるつもりだったのね」
 よろよろ起き上がった少女は私を睨み、ぷいと森の奥へ歩いて行った。彼女の膝に擦り傷がないのは、せめてもの救いだった。少年は嬉しいやら戸惑うやら、複雑な思惑を肌から立ち上らせつつ、慌てて少女の後を追った。
 森で待ち合わせを提案したのは、失敗だったと悟った。
 きっと少女は、少年の声を聴いて彼の元へと駆け寄ろうとしたのだろう。しかしわざと暗くした森だから、意地悪な木の根っこなど見えはしないのだ。
 これは明確な失態だった。
 苦い気持ちがとくとくと湧き出でて、今晩の光はやや青みがかった色に変わった。
 しかしそうは言っても、森の中でまた躓かれても敵わない。私はなんとか気を持ち直し、怒られるのを覚悟で森を照らした。
 ところが、二人の姿はどこにも見当たらなかった。
 西の森は深く木々が生い茂っているものの、その隙間から光を差し伸ばすことは難しくはない。かと言って、全てが見渡せるわけではない。
 これは気を利かせたつもりだった。見られたくないこともあるだろうと、わざと死角の用意された場所を提案したのだ。どうやら二人は、その死角にとっとと滑り込んだ。ろくでもないこの月を空に放り出して。
 少し寂しくて、木に眠る小鳥をそっと撫でた。泡のような寝息は私まで届くこともなく、溶けてなくなる。
 小さな私は、彼らが家に帰るまで森を照らし続ければならない。今度は躓くことがないように。

 ※

1 2 3 4 5 6 7