小説

『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)

 私は少女に私と女性の血が降りかかるのを見て後悔した。頭蓋を割った少女から血が出ていないのだ。この子は既に殺されていた。殺されて庭に設置されたいわば撒き餌だったのだ。昨日より前に死んでいるならこの女も一日一殺のルールを守ったことになる。
 意識を失いかけたが踏みとどまった。飛び出した内臓を素手で納める。このままじゃ失血死してしまう。しまったな。女ものたうち回っていたが、やがてそれは痙攣に変わり、動かなくなった。私は仰向けに寝っ転がり、呼吸を整えようとしたが駄目だった。
 結局私の居場所はここでもなかった。ルールを破る私のいびつさは、ルールを守る人たちに粛清された。私はどこへ行けばよかったんだろう。美しくも醜い私。何もできなかったけど何してもダメな私。殺すことも、殺されることも下手な私。他人に排撃されて、他人を慈しめない私。
 秋の田の稲穂が揺れる風の音。寒くない季節に死ねることくらいしか、救いがなかった。

 ぼんやりと、でもここが病院だということがわかった。
「目が覚めたかね」
 視線だけ動かす。器用にりんごを剥いている男がいた。ソロモンだとすぐにわかった。
「状況を説明しておこう。君もソロモンを受け継いだ。世界中の憎悪を受けることになったということだ」
 リンゴは四つに切られて芯を切り取られ、さらに半分に切られた。
「そして正真正銘最後のソロモンだ。君の声帯も四肢も切断してある。君に殺人はもう無理ということだ。この世でも最も悪意ある現象たる君は、憎悪を受ける救いの皿でもある。気分はどうだね」
 うまく笑えなかった。でも、微笑むことはできたと思う。
 おそらく矢中村で意識のないまま治療を受けて、住んでいた町に運ばれ親殺しとして捕まったのだ。持っていたソロモンの殺人事件の資料から、私がソロモンだという証拠をねつ造したのだろう。となると私の手足をバラしたのは殺されたクズたちを偏愛しているだれか、ということになるかもしれないし、目の前のソロモンかもしれない。別にどっちでもよかった。
 キレイにカットされたリンゴを目の前の紳士は自分で食べ始めた。
「君には生きる権利しかない。殺しすぎて裁判は終わらないからね。ただここで生きるんだ。刑務所でもあの村でもなく、ましてや娑婆でもない。ここで生きていくんだ」
 暖かいものが瞳から流れた。私はようやく、私に見合った場所がみつかったのだ。
 私は特別になれた。長く虐げられた人生だった。すぐに殺す側に回って高揚感を得た。でも殺しきるか殺されるかの短い人生だと確信していた。
 でも、こうしてふさわしい生き方に巡り合った。
 美しく醜い私は保管されて生きるんだ。
 ――最後に、お願いを聞いて――

1 2 3 4 5 6 7 8