小説

『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)

 聞いたことのない鳥の声に見たこともないような大きな蛾が駅舎にとまっていた。蜘蛛の巣だらけの改札をでるとバス停はすぐ見つかった。ここからさらに終点まで進み、後は徒歩で数時間だ。矢中村についても宿の保証はないが、廃屋には事欠かないだろうと思っていた。それに殺された人の取材でもすれば、恩情に訴えて泊まることができるかもしれない。念のためにバッグからカッターナイフを取り出して上着の内ポケットにしまった。
 バスの後ろから乗ると、始発なのに少年が座っていた。運転手は気にも留めずに時刻通り発車させる。2時間に一本のバスは止まることなくぐんぐん山を登っていった。ふもとの郵便局以外は施設らしいものはなく、バス停も「旧○○邸前」を繰り返すばかりだった。路面も土道になり、古いバスは縦にも横にもガタガタ揺れた。
 終点の犬神堂前で降りようと小銭を用意していると。運転手に「この辺の人じゃないみたいだけど、行き先はわかるかい」と声をかけられた。
「大丈夫だよ、僕が案内するから。ね、おねえちゃん」
 どう返そうか迷う間もなく少年が答えていた。運転手は深く帽子をかぶりなおした。私は小さく頷くと二人分のお金を払ってバスを降りた。
 秋の山道は無音だった。
 バスが勢いよく去っていくと、少年は反対方向に歩き出した。
 私はついていくほかなく後を追った。
 山道は意外に平坦で、崖のような個所もあったが歩くのに難しくはなかった。ただ無音であることが、広い視界とあわせて孤独を心にしみこませた。
 開けた場所に出ると少年が振り返った。
「この先が矢中村だよ。バスでも通れそうな道だっただろ? でも交通は遮断されている。何人たりともあの村には入れないんだ。この先は山を入ってちょっとした洞窟を通る。洞窟も以前は使わなかったんだ。最近じゃだれでも衛星写真で村を発見できるからね。存在を隠すことは出来なくても道を隔てて辿りつけなくするのさ」
 それだけ言って、けもの道を跳ねるように上がっていった。私も四つん這いになって後を追う。前髪をあげて留め、ロングスカートをまくって縛った。
 茂みをかきわけて一時間ほど進んだ頃だった。
 少年が積まれた枝を崩していた。坑道のような小さな入り口が見えた。
 「ここを通ると矢中村だよ。お姉ちゃん、バスの中でも見てたけど、ここがどういうところか知らないまま来てるんだよね」
 そういうと少年はジャンパーの内側から黒い刃物を取り出した。スコップのような、クナイのような先端が鋭利になっている道具だ。すぐに殺すためのものだなと察した。それが誰でもないこの私に向いている。乱れた息をととのえた。
 少年は小学生にしては大きいくらいで、中学生になるかどうかというくらいだ。日に焼けており、少し興奮しているようにも見えた。
 この子は私を殺すつもりだ。いや、殺せると思っている。だが体格差がさほどあるようにも思えなかった。と、いうことは私でもこの子を殺せるだろう。

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