小説

『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)

 ハープを弾くとハープ奏者になるように、勇気を持つと勇敢になる。
 でもいくら汚いと罵られても、私は美しかった。廃工場の割れた天窓から柔らかい青みを帯びた秋の空が覗いていた。目の前に転がる叔父の首は、色をなくして虚空を見つめていた。空もまた、虚しい瞳でとらえると虚空になるのだ。
 ソロモンと名乗った男が叔父を殺したのがつい数分前だ。彼は最近巷を騒がせている殺人鬼で、一部で、いや大半の人が敬っている人気の殺人鬼だった。
 いつだって悪人が支持される理由は一つだ。もっと悪いやつをやっつけることだ。私は叔父に奪い取られたスカートと下着を拾った。叔父の首にまたがるとそのままおしっこをした。びちびちはねる暖かい排泄物を叔父はもう喜ばない。愉快だった。
 ソロモンの手際は人間とは思えない、いや生きものとは思えないものだった。現象と呼ぶにふさわしいものだった。私に覆いかぶさって殴打していた叔父の体がふっと浮いて、「見ていなさい」と声がしたと思ったらジョキンと一太刀、叔父の首から下が血しぶきをあげて後ろ向きに倒れていった。本のページをめくるように。
 ソロモンは名乗らなかったが、私には彼がソロモンであるとすぐにわかった。私が唯一助けを求めていたのが彼だったからだ。私は彼の殺戮の現場をまわり、殺された人間の身元を調べていた。殺された24人はもれなくクズで、大体が虐待やら出所後繰り返し罪を重ねる者だった。私はテレビもネットも家では使わせてもらえないので、図書館に行って新聞やパソコンで調べた。現場ごとに殺された人物を調べ、プリントして封筒にまとめたものを死体発見時の時刻にその現場に置いていった。
 北区、世田谷区、江東区と杉並、品川、港区を結ぶ六芒星でばかりでおこる連続殺人事件は血ダビデの星を作る者――殺人鬼ソロモンを召喚する魔法陣のようだった。
 だんだんと私の行動は事件の発生に追いついていった。一カ月に一件ソロモンは殺人を犯したが、私は一週間に一度は現場に封筒を置いていったのだ。そのうち何枚をソロモンが回収したのかはわからない。でも私の行動はいつのまにか週刊誌に取り上げられたらしく、図書館で見たソロモンを追うサイトにもアップされていた。
 むしろ、ソロモンを追うサイトは数件ソロモンの犯行とは思えないものまで拾っていた。私が封筒を置かない案件は考察しなおして、ソロモンの犯行から外したくらいだった。
 手口は毎回違うのだが、私にはそれがソロモンが行った殺人かどうかがわかった。理由はなく勘であったが、今回ソロモンが助けてくれた以上、あながち間違ってなかったのだろう。
 私はパンツとスカートをはくと、叔父の服をはいでソロモンが捨てた大ばさみを包んだ。あまり血はついていなかった。
 家に帰ると母が怪訝な顔で私を迎えた。
「あんた、あの人はどうしたの」
 さっきまで叔父にこびていた母は、私に叔父を奪われた女に変わっていた。
「その服あの人のじゃないの」
 私は髪をつかまれて力任せに冷蔵庫に叩きつけられた。切っ先を服から剥きだして母の腹に突き立てた。弟か妹か知らないが、一緒に貫いた。

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