「まっ、頑張って。玲子は頑張る男は好きかもよ。」
そう言って美雪が部活に行ってしまった。『頑張る男』。今の自分にはぴったりの言葉だ。
「よし!」
その日は走って家に帰った。
約束して一週間が経った時、品川がどうやらマラソンの練習をし始めたという報告を美雪から受けた。学校にいる時はいつものように勉強に勤しんでいるが、家に帰れば朝、晩とマラソンの練習をしているらしい。家が近所の美雪が見かけたそうだ。
「たぶん品川君の事だからこの一週間コツコツ毎日練習してると思うよ。」
「たぶんな・・・。」
美雪がいらぬ心配をしてくる。一週間やそこら走り込んだくらいで何か変わるわけではない。実力の差ははっきりしている。
「あんたは走ってんの?」
「・・・。」
実は二日軽く近所を流した程度で、その後は全く走っていない。
「大丈夫。これから走るし、そんな一週間ごときでは俺は抜かされない。」
「・・・。」
じっと見つめてくる美雪。
「な、なんだよ。」
「あんたさ、この前『ウサギにはならない』とか言ってたよね。」
「ああ。」
「今、思いっきりウサギだよ。」
「・・・。」
そうだ。ついつい自分を甘やかせていた。言ってる事とやってる事がまるっきりウサギだった。
「この前玲子は頑張ってる男が好きだって言ったじゃん。品川君がマラソン大会であんたと勝負するから毎日黙々と走ってるって玲子に言ったら、また好きになっちゃうんじゃないのかなぁ」
「やめろ。言うなよ。」
「さあ、私がなんにもしなくてもねぇ。ほら、見てみ。」
美雪は品川の席に目線を移す。そこには数学の参考書を持った玲子がいた。
「分かんない所を品川に聞いてんだね。いいねぇ、頼りがいのある男は。」
とっさに両手で顔を覆う。言葉が出てこない。
「同じ中学をでて同じ高校に入って、同じクラスで同じ授業を受けてるのに、どうしてこうも頭の出来が違ってしまったんだろうね。」
「やめろ、言うな。」
言い返す言葉がない。これ以上吉永さんの心を品川に引き付けてはならない。ではどうする?ゆっくりと考える。自分に出来る事はなんなんだ。今、品川と競っているものはなんだ?そうだ、マラソンだ。この勝負に完全に勝利し、なんなら一位でゴールすることが望ましい。品川だけではなく吉永さんにもアピールしなくてはならない。
「美雪、俺は走るよ。マラソンで一位になるよ。ぶっちぎりで一位になるよ。」
「いいじゃん。頑張れ。」