小説

『白い犬』柴垣いろ葉(『山月記』)

 なんでも家のすぐ近くにある裏山の雑木林に、父の白いワゴン車が何年もそこにいたかのような顔をして置いてあったのだという。
 しかし、肝心の父は見つからず、捜査は難航しているようだ。
 駅ホームでその伝言を聞き終わると、私はその裏山に行ってみたい衝動にかられていた。父の失踪という事件が、なんだか何の変哲もなかった私の日常に、ひとつ違った流れを生み出してくれたように感じられて、不謹慎ながらも私は自分の気持ちが高ぶってきているのを感じていた。裏山の雑木林ならば、私は小さいころ遊びに行っていたのでよく知っている。
 私は家に帰り冷蔵庫からビールを取り出しながら次の日の休日を利用して、父を探しに裏山へと登ることに決めた。


 裏山に向かう中、私は流行る気持ちを抑えながら父の車のあったという雑木林の前まで行くと、そこには二人の捜査員ともう一人は刑事だろうか、三人の男が小首をかしげて何かを見つめている。
 捜査員の一人が私の足音に気が付くとこちらを振り向いた。
 ナップザックを背負い、意気揚々と現れた私に真面目に捜査をしている人間がいい顔をするはずがないのはわかっていたが、その厳しい表情に私は一瞬うろたえた。
「吉田健司の娘です。吉田弘美です」
 残りの二人も私の方へ顔を向けた。張り詰めた空気が蔓延する中、父の名前と自分の名を言うのがやっとの私になおも厳しい表情を崩さぬ三人は、少しの沈黙のあと刑事が私に向かって話しかけてきた。
「娘さんでしたか、今お父様を全力で探している状態です。お父様の乗っていたであろう車が昨日見つかり、今日も雑木林の中からカバンと衣類が見つかったんです。財布の中身はそのままに免許証も入っていましたからお父様のものに間違いないでしょう。しかし」
 そこまで言うと刑事は私から目をそらし残り二人の捜査員と顔を見合わせた。
「あの、ご実家で犬を飼っていませんか?」
「犬?」
 私は思ってもない言葉に目を丸くした。母が動物嫌いなのを理由に、私の家では犬などは一度も飼ったことがなかったからだ。
「いったい何のことです?」
 そういう私に刑事は一枚の写真を見せてくれた。
 そこには、明らかに父の物であるカバン、紺に青いストライプの入った母が父に買ってきた少し派手目のスーツがくたくたになって脱ぎ捨てられた状態で映っていた。
「これは間違いなく父の私物です!」
 私が声上げると刑事はもう一枚の写真を見せてきた。
「お父様の私物を回収しようとした時、この犬がその衣類にまとわりついて離れようとしなかったものですから、てっきり飼い犬かと」
 そこに映っていたのは大きな鉄のケージには不自然なほど不似合いな小さくて丸い真っ白な犬だった。全く見覚えのないその姿にどう反応してよいやら考え込んでしまった私は、刑事にまさかからかわれているのか、それとも何か試されているのかもしれないなどと妙なことを思ってきて「この犬はいまどこに?」なんて余計なことを聞いてしまった。

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