淳子が知美の部屋を訪れてから五日後に今度は勝呂に呼び出された。場所はカラオケルームである。これまでも勝呂とは頻繁に打ち合わせをおこなってきたが、いつもカラオケルームでであった。夏目クリスティの正体については社内でも勝呂と一部の経営陣しか知らない秘密であったので、人目を憚っての打ち合わせなのだ。いや、打ち合わせというより実際には平田淳子が秘密を外に漏らしていないか、漏らしそうではないかのチェックであった。打ち合わせだけであればメール等の遣り取りで十分なのだから。
「毎回こんな場所ですみません。ウーロン茶でしたよね」
言って勝呂がリモコンをいじって注文する。平日の日中なので暇なのだろう。すぐにウーロン茶とコーラが届くと勝呂が、
「では、早速ですが次回作の打ち合わせをしたいのですが」
柔和な顔で勝呂が言うのへ、
「その前にお聞きしたい事があるのですが……」
淳子が言うと「?」という顔をして勝呂が首を傾げる。どうしたわけなのか勝呂が能面になるのは鶴田知美がいる時だけのようだ。
「あの……。えっとですね……。夏目クリスティの印税配分についてなのですが……」
「印税ですか?平田さんと夏目クリスティで5:5になっていますが」
「私と夏目クリスティですか?」
「いや失礼。平田さんと鶴田さんです」
ゴクゴクと勝呂がコーラをほとんど一息で飲み干しパチパチと目を瞬く。
「先日鶴田さんの部屋に行きました。私の財力ではとても住めそうにないマンションでした」
勝呂が一瞬怖い表情で淳子を見るが、直ぐに柔和な顔に戻る。
「鶴田さんの部屋に行かれたのですか。私がいない時に二人だけではお会いにならないようお願いしていたはずですが……。誰にもみられなかったでしょうね」
「ええ。大丈夫だと思います。彼女に呼び出されたのです」
「呼び出された。何故?」
淳子が床に置いていたトートバックを開きプリントの束を取り出し勝呂に渡す。
「これは?」
「プリントしてきました。夏目クリスティの次回作です」
「わざわざプリントしてきたのですか!拝見させて頂きます」
勝呂がプリントに目を落とす。が、ものの二分も経たないうちにプリントの束をテーブルに投げ出し、
「これは何ですか?私も編集者のはしくれだ。これがあなたの手によるものではないというのは分かります。いや、それどころか、これは碌に読書体験もない者が書き殴っただけの代物だとも分かります。誰が書いたのですか?あっ、まさか……」
「そうです。鶴田さんです。この件で私は呼び出されたのです。そして、これが夏目クリスティの次回作です」
「馬鹿な!夏目クリスティの原稿を書くのは平田さんあなたなのです。鶴田さんではない。だいいち、こんなもの出版できるわけがありません」