小説

『鬼婆の旅立ち』室市雅則(『安達ヶ原の鬼婆』)

 鬼婆は、全身を怖ばらながら返事をし、戸を開けた。
 背の高い若い男が立っていた。
 男を鬼婆が見上げる。
「どうも、ジャパンテレビ『いきなりハウス』のADの越川です」
「は?」
「ジャパンテレビ『いきなりハウス』のADの越川です」
「何だ、それ?」
「びっくりするような所にある家を紹介するテレビ番組っす。ちょっといいっすか?」
 鬼婆は、越川をまじまじと見た。
 全体的にぽてっとしていて非常に美味そうだ。
 ヨダレが口中に満ち、堪えきれなかった。
 越川に飛びかかった。
 が、一瞬で弾き返されてしまった。
「ちょ、何すか?」
 鬼婆は、このままでは敵わないと考え、隙を狙うことにした。
「すまねえな。俺も年だから」
「大丈夫っす。お母さん、ちょっと良いっすか?」
「ああ。中さ、入れ」
「あざっす。お邪魔します。うわ、すげー迫力。めっちゃ画になりますよ。全部、DIYっすか?」
 室内は鬼婆手作りの家具が設えられている。
「何言ってるんだが、よぐわがらねえな。そこ、座れ」
「あざっす」
 越川は囲炉裏に腰掛け、鼻をひくつかせた。
「めっちゃ良い匂いっすね」
「食うか?」
 鬼婆は、囲炉裏にぶら下がっている鍋から、木をくり抜いて作った椀に汁をよそって越川に差し出した。
「マジっすか? あざっす」
 越川は遠慮なく、一気に食べた。
「美味え。もしかして、全部手作りっすか?」
「そうだな。味噌も俺が作った。大変だったよ。こうなるまで」
「ちょ、その辺りのこと聞かせて下さいよ。カメラ回して良いっすか?」
「勝手にしろ。おめえ、芸人か? カメ回すなんて」
 越川はわざとらしい乾いた笑い声を発しながら、家庭用の小さなビデオカメラを取り出し、録画を開始した。
「カメでねえでねえか」
 聞こえていないフリをする越川。
「お母さんは、ここに住んでどれくらいですか?」

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