小説

『鬼婆の旅立ち』室市雅則(『安達ヶ原の鬼婆』)

 そのような意味の言葉が飛び交っていた。
 鬼婆は室内に戻った。
 そして、隠していた出刃包丁をぼろ切れに包み、懐にしまった。
 外に出る。
 相変わらず、バッタ人間たちは悦に浸っている。
 鬼婆の指先が懐の出刃包丁に触れた。
「これじゃ、どうしようもねえな…」
 鬼婆は大きな溜息をついた。
「まだ始めがらやんねば…」
 そっと鬼婆は立ち去った。
 気が遠くなるほど、久しぶりの旅立ちだった。
 鬼婆に安住の地はあるのだろうか。
 誰も知らない。

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